決別の誓い2

 急速に色と音が戻ってきた。

 同時に肌を裂くような冷たさと、全身の倦怠感と痛みまで。

 ずぶ濡れの身体に冷たい風が当たって、熱をどんどん奪っていく。周囲に人の気配がするが、目が未だ開かなくて、何が起きているのか即座にはわからない。

 ただ、いろんな声が耳元で俺の名を呼んでいることだけはよく分かった。

 まだ身体の中には、ゼンの意識がある。俺たちは同化したまま浄化され、一度湖の中に沈んだのか。それを皆が引き上げた。なんとなく、状況は把握できた。

 寒さで震えが止まらない。唇がガタガタと震えていて、手足の感触が殆どない。

 誰かの手が、俺の胸に触れた。ほの温かい。魔法……?


「――生きては、いるようだけどね」


 ディアナの低い声。


「いるようだけど? 何ですか?」


 直ぐ側でローラが尋ねる。


「凌の他に、別の意識が入り込んでいる。かの竜とも違う、金色竜でもない。コレは何だ……?」


 唸るディアナの後方で、今度は美桜の声。


「早く! 早く助けて! 凌が死んじゃう!」


 取り乱す彼女をジークとレオが制止している。


「落ち着いて、美桜。彼なら大丈夫だから。もし彼に何かがあれば、彼と契約した君が卵に戻っているはず。大丈夫、未だ生きてる。今はただ、ちょっと確認が必要なだけで」


「……確かに、邪悪ではないのですが、不思議な力を感じます。これまでの救世主様とはどこか違うような」


 と、この声はモニカ。

 ノエルの相づちも一緒に耳に入る。


「来澄じゃないとしたら、何だ。この期に及んで、偽物だとか言うんじゃないだろうな」


 突っかかるようなシバの声。

 ――ああ、戻って来たんだ。

 あの白い世界から、俺はまた湖へ。

 うっすらと目を開くと、青空があった。雲ひとつない空だ。銀の粒が、未だ幾つか空を浮遊している。

 俺は全身傷だらけで、息をしているのがやっとだった。

 視界の端っこにディアナの赤い服が見えた。相変わらず情熱的な女性だ。俺の、憧れの人。


「……本物」


 俺がボソリと呟くと、一斉に皆が俺の視界に入ってきた。


「本物だよ。正真正銘の来澄凌」


 まともに相手に聞こえたのかどうか。ろれつが回っている自信がなくて、俺は言葉を付け足した。


「……お前は“表”でそう嘘を吐いて、私たちに取り入った。にわかに信じられるはずがない」


 そういえば、そうだった。

 俺の意識が飛んでいる間に、ヤツはディアナたちを騙して。

 疑心暗鬼になるのはどうしようもない。

 俺が痛みと寒さに耐えながらゆっくり身体を起こすと、皆警戒して数歩遠のいた。視界に入った自分の手は人間のものだったし、擦った頭に突起物はなかった。ただ、着ていたのは真っ黒い服。ヤツが船上に現れたときのそれだった。

 これが原因か。

 けど、今はそんなのどうだっていい。

 震える身体でどうにか踏ん張り、ゆっくりと立ち上がる。立ちくらみ、一瞬視界が暗くなる。頭を振って目を凝らすと、不安そうな仲間たちの顔が見えた。


「ゼン、一度同化を解くぞ」


 腹の底にギュッと力を入れ、身体の中からゼンを追い出す。身体がフッと軽くなり、俺の身体とゼンの身体が分離した。ゼンは、俺の直ぐ後ろに立ち、長い首を俺の前まで出して、人間たちの様子をつぶさに観察し始めていた。


「し……、白い竜!」


「かの竜か!」


「ドレグ……」


 正常な反応だ。

 今まで起きてきたことを考えれば、何の矛盾もない。

 俺は白い竜の首に手を回し、ゆっくりと下顎を撫でた。それを見て、益々皆ざわついてしまう。……只一人、美桜を除いては。


「凌、その竜はまさか」


 恐怖とはまた違う、別の感情を抱いたような彼女の顔は、何とも印象的だった。

 俺は強くうなずき、


「そのまさか、だよ。小さくはなったけど、あの竜に違いない。君の母・美幸が愛した白い竜。君の父親。かつて破壊竜と呼ばれた、あの」


「――かつて、ではない。ヤツは間違いなく、今もそう呼ばれている。名前を呼ぶのも恐ろしい、ドレグ・ルゴラを、何故お前は従えているのだ……!」


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