静寂3





















 全てが真っ白になる。





















 音もなく、風もない。

 ただ真っ白いだけの場所に飛ばされた俺は、ゆっくりと目を開けた。











 分離……してる。

 さっきまで目に見えていた、半竜化したような腕じゃない。まともな、人間の手足が見える。

 手を動かせば自分の意思でそうしている感覚がある。

 冷たい床の上にうつ伏せていた俺は、ゆっくりと身体を起こした。

 けれど、不思議なことに身体に重さを感じない。ということはつまり、コレは意識体であって、本体は聖なる光の魔法でどうにかなってしまったということなのだろうか。となると、俺は死んだと定義づけられるわけであって。でも、不思議と身体はどこかにあるのだという安心感がある。コレは一体、どういうことなのだろうか。

 ふと、直ぐ側に白いものが転がっているのが見えた。

 恐る恐る近づき、ハッとする。

 白い竜だ。

 てことは、ドレグ・ルゴラ? ヤツの意識体も、俺と同じように身体から分離して、こんな所に飛ばされてしまったのだろうか。

 寝て……る?

 そろりそろりと足音を消しながら、何とか竜の頭のところまで辿り着いた。

 こうしてみると、美しい竜だ。美桜のようなしなやかさには欠けるが、ゴツゴツとしたフォルムながらも、長い年月を生きたという貫禄に溢れている。鱗の一枚一枚がキラキラと輝き、虹のように光が反射するのがたまらなく美しい。

 誰がこの竜を、悪竜だと言ったのだろう。

 レグルノーラの人間や竜たちの感覚はよく分からないが、少なくとも俺には、とても気高く崇高な存在に思える。

 そっと腕の鱗に触る。ひとつひとつの鱗が大きい。手のひら大のそれを、ゆっくりと撫でてみる。これが自分が同化していた竜だというのが、にわかには信じられない。同化していたときヤツは相当にイカレていたし、俺だって気が気じゃなかった。こんな風に透き通った気持ちで最初から見ていられたのなら、少しは印象が違ったかもしれないと考える。

 ……まぁ、最初に出会って直ぐに死刑宣告されたのだから、そんなことは不可能だったわけなのだが。


「何を、している」


 ふいに、声が降ってきた。

 頭を上げると、ドレグ・ルゴラの赤い目が俺をじっと見つめていた。


「起きてたのか。悪い。良い鱗だなと思って」


「良い、鱗?」


「白くて綺麗な、良い鱗だよ。頑丈だし。金色竜のテラとはやっぱり鱗の種類が少し違う。あっちはもう少し弾力があったし、小型竜だから一回り小さかった。お前の鱗は真珠みたいな綺麗な色をしてる。あ……、レグルノーラには海がないから、真珠は知らないか。貝の中にできる、小さな宝石だよ。白は純粋さの象徴。神聖で崇高な色だ」


 ヤツの白い鱗を撫でながら、俺は何気なしに思った通りのことを喋った。

 それをどう受け止めたか知らないが、ヤツは今までで一番穏やかな顔で俺を見下ろしている。


「初めて聞いた」


 ボソリと呟いた声に、いつもの棘はなかった。


「俺が思うにさ、グラントは恐れ多くて、名前を付けられなかったんじゃないかと思うんだ」


 グラントの名前を出すと、ヤツはわかりやすく目を見開いた。


「白い竜を初めて見たグラントは、お前が持つ力や容姿に相当困惑したはずだ。レグルノーラには白い竜は居ない。だから面食らった。突然変異的に生まれる白い生き物は、自然界では長く生きることができないそうだ。敵から身を守ることができず、目立ってしまうからな。グラントは、そんなお前を不憫に思って引き取ったんだろう。本当は、『白いの』なんて半端な呼び名じゃなく、心に温めていた名前があったはずだ。けど、グラントは、それを最後までお前に伝えることができなかった。白はどんな色にも簡単に染まってしまう。変な名前を付けてしまえば、きっとそういう風にお前が染まってしまうと怖くて仕方がなかった。だから最後まで、お前を『白いの』と呼び続けた。彼は酷く不器用だった」


「――それを証明する術は」


「残念ながら、ない」


 俺は首を横に振る。


「けれど、気持ちはよく分かる。名前はその生き物に命を与えるものだから、慎重にならざるを得ない。ペットを飼うときもそうだしさ。自分の子供に名前を付けるときもそうだって聞く。例えば俺の名前は“凌”だけど、これは“凌ぐ”、“苦痛や困難に屈しない、苦難を乗り越える”様な人間になって欲しいって、親が付けてくれた名前。お陰で色々と滅茶滅茶なことになっちゃったけど、俺は自分の名前を信じて乗り越えていく。名前には魂が宿る。名は体を表すって諺もあるくらいだし、とにかく名前を付けるのには覚悟が要るんだよ」


「……覚悟、か」


 ヤツは目を伏せ、しばらく思案していた。

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