静寂2
『一体、何を考えている』
ヤツの声が頭に響く。
『コレはリョウの身体。私を倒そうとすれば、リョウも死ぬことになる。人間どもは仲間を殺そうとしているのか?』
困惑している。
何が起きているのか、理解に苦しんでいる。
『何が人間どもを突き動かすのだ。以前はこのようなことはなかったはずだ。あのときは――、キースは金色竜を従え、たった一人で挑んできた。今は? 徒党を組むからか。一人では何もできないクセに、何故こうも複数人でつるむと強くなる? 人間とは何だ。弱いだけの、補食されるだけの生き物ではないと?』
混乱は動きを鈍らせる。
それまで決して効かなかった類いの魔法や攻撃が、徐々に効き始める。
両腕をクロスさせ、向かってくる水竜から身を守ろうと試みたが、その勢いに押されてしまう。踏ん張った足元の氷に亀裂が入り、右側が半分沈んだ。どうにか攻撃を防ぎ、足場の大丈夫なところまで避難。けれど聖なる光の魔法を含んだ水竜の攻撃で、身体のあちこちが焼けるように痛くなった。
『こんなはずでは……!』
痛みとは無縁だった白い竜は、平静を失った。
防ごうとすれば防げるはずの攻撃が次々に直撃し、身体の至る所を傷つけられた。傷口を塞ぐ魔法すら、だんだん追いつかなくなってきている。
攻撃魔法の威力も落ちてきた。密度の低いスカスカの魔法は、相手の動きを封じるどころか自分の体力を削っていく。
肩で息をし、目眩で揺れる視界の中で戦う。それでも、ヤツは自分の存在を消されまいと、必死だった。
たった一人で。
何に頼るということもなく。
ただ、己の力だけで。
『同情、しているのか。だとしたらそんなものは不要だ。私は私以外の誰でもない。私の意識に溶け込み、さっさと消えろ……!』
振るった鎌の刃が、仲間の肉を割いた。
止めてくれ!
声の限りに叫びたかった。
飛び散る鮮血。レオとジークが腹を裂かれた。
ノエルの巨人が、オレのことを叩きつぶそうと何度も殴りかかってくる。鎌が弾き飛ばされた。チッと舌打ちし、黒炎を吐く。絡みつく業火を振り払うこともなく、ゴーレムはまた向かってくる。
ゴーレムの攻撃を素手で受け止めた。半竜化しているとはいえ、その重さに圧倒される。竜になれば? いや、もうそんな力、どこにも残っていなかった。限界が近づいてきていた。
「凌! 聞こえるか!」
遠くからディアナの声がして、ハッと顔を上げた。
「意識を保て! 今、助けてやる……!」
――強大な白銀の光を感じた。
俺の身体は激しい拒絶反応を示し、その場から動けなくなる。
青い炎に焼かれるような、無数のナイフで突き刺されるような、身体が全部バラバラになるような。それはともかく、例えようのない痛み。
――死ぬ。
咄嗟に思ってしまうほど、その力は強烈だった。
細胞のひとつひとつが剥がされていく。分解され、空気に溶けていく。
足元が崩れていくのがわかった。
氷は溶け、亀裂を発した。砕けた氷と共に身体がズシンと沈んでいく。理解していても、身体は言うことを聞いてくれない。自分の中に流れるものとは全く逆方向の力が、無理やり身体に侵入してこようとする。
聖なる光の魔法だ。
竜玉で膨れあがらせた力が、頭上から降り注いでくる。
ディアナの慈愛に満ちた心、ローラの何ごとにも屈しない心、ジークの仲間を信じる心、シバの誇りに満ちた心、モニカの悲しみを吹き飛ばす強い心、ノエルの強くなろうとする心、そして美桜の運命に立ち向かおうとする心……。
いろんな心が光となって、黒く澱んだ力に支配された俺の身体に降り注いでくる。
彼らが魔法陣にどんな言葉を刻んだのか、俺が確認する術はない。ドレグ・ルゴラは彼らの清らかな心と力に、そして突きつけられたヤツの隠された弱みに、最早立ち向かうことすらできなくなっていた。
激しい光は、俺の五感を全部吹き飛ばした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます