一番欲しかったもの4





















 頭がフラフラとしだした。左手で頭を抱え、必死に痛みを抑え込む。髪の毛の間から伸びた角が指先に当たった。頭を抱え込む手の先には、人間のモノとはとても思えない鋭い爪が生えていて、頭を掻きむしろうとするとザクッと刺さり、血が頬まで滴り落ちた。

 次々に打たれる魔法をはね除け、切りつけてくる相手を鎌でなぎ払う。その隙間を縫って攻撃しようと試みるが、徐々にその頻度が低くなっていく。


『止めろ。リョウ。それ以上は』


 自分で俺のことを取り込んでおきながら、ヤツは明らかに苦しみだした。


『ダメだ。違う。私は……、私は。……――ではない。決して、……では』


 ――パンッと乾いた音がして、左肩に激痛が走った。ジョーの放った弾丸が肩を打ち抜いていた。聖なる光の魔法を含んだ弾丸は、黒い力に冒された身体を直ぐに蝕んだ。強烈な浄化作用で身体は火照り、息苦しさが増してくる。

 ヤツはその肩を右手でむしり取った。これ以上聖なる光の魔法が自分の身体を侵食してたまるかと言わんばかりに、銃創ごと肩を千切った。あり得ないくらいの血が身体から抜け、痛みで思考回路が止まりそうになる。ボタリと氷の上に落とした肉塊。切り取られた肩を擦る右手。全神経を集中させ、肩を再生させていく。神経が繋がり、まともに左腕が動くようになるまでほんの数十秒。けれどあまりの光景に、誰もが俺を狂っていると思ったに違いない。


 狂っているのは俺じゃない。

 ドレグ・ルゴラだ。


 俺の垣間見た一連の記憶に、ヤツの秘密が隠されている。

 俺はヤツの本当の苦しみに触れかかっている。

 だからヤツは混乱した。

 ヤツが何を欲したか。ヤツが何に苦しんだか。

 もう少し、もう少しで手が届く。


 高く、鎌を掲げる。全身全霊を込め、鎌の遙か上、頭上に巨大な魔法の球を作り出していく。黒い雲、黒いもや、黒い風が全部全部一つに纏まり、雷を抱き始める。


「私の心をかき乱す者は、誰一人として生かしておくことはできない……!」


 ドレグ・ルゴラは俺の声でそう言って、ギリリと歯を鳴らした。





















・・・・・‥‥‥………‥‥‥・・・・・





















「白いの」


 グラントの弱々しい声。

 年老いた竜は、最後の力を振り絞り声をかけたのだ。

 深い森の中、彼を取り囲む何体もの成竜を差し置いて、その奥で隠れるように老竜の旅立ちを見つめる俺を、グラントは呼んだ。

 成竜たちは道を空け、普段は決して存在を認めようとしなかった若く白い竜を彼の前に通した。冷たい目線の中、俺は肩を強張らせながら進む。

 グラントは群れの中でも一目置かれる、長老だった。竜も生き物だ。いずれ寿命が来る。白い竜は頭でそうわかっていても、理解が追いつかないでいた。


「白いの」


 グラントはまた、俺のことをそう呼んだ。

 長い首をゆっくりと彼の顔に寄せると、グラントはシワだらけの顔でニッコリと微笑んで見せた。


「お前が白いのにはきっと理由がある。心を汚してはならない」


 弱々しいながらも、グラントはひとつひとつの言葉を噛みしめるように囁いた。


「だけど、おきな


「お前には力がある。何のために誰が与えた力か知れない。けれど、使い方を誤ったらいけない。お前はその力で、歪みを正さねばならない」


『説教か』


 白い竜は思っていた。


『最後の最後まで、おきなは僕に説教を』



 ギリリと奥歯を噛み、拳を握る。その手を、グラントのシワだらけの手がそっと包む。


「白いの。お別れじゃ」


「ダ、ダメだ! 僕は未だ――」


 大粒の涙が、つうと頬を滑り落ちた。


『貰ってない。欲しいもの。僕が一番欲しかったものを』































『……僕の、名前を』































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