【31】永遠《とわ》に

148.飢えと孤独

飢えと孤独1

 轟音を立て、帆船が沈み始めた。その振動が遠く離れたこの場所にまで伝って、分厚い氷の下から足元を揺さぶってくる。数台のエアボートが視界の向こうに消えていくのが見えた。しかし、俺には自分以外の誰かを心配するような心の余裕はなくなっていた。

 ヤツは鬼のような形相で俺を睨んだ。そして身体の奥底から力を解放し始める。

 髪を逆立て、黒い炎で身体を包み、身体中に古代レグル文字を刻んでいく。独特の文字が露出した手や首や顔にまで、文様のように広がり、その文字ひとつひとつが赤黒く光を帯びた。

 闇と呪いの魔法だ。

 竜化こそしてはいないが、赤く光る目に尖った耳、裂けた口元から見える鋭い牙は、奪い取った俺の身体を魔物に変えていた。

 その手には巨大な鎌。死に神のようなおどろおどろしい鎌が握られている。


『アレ……、凌なの?』


 脳内に響く美桜の声は明らかに震えていた。


「……らしいな。信じたくはないが」


 腕で額の汗を拭った。蛇に睨まれた蛙のように、足がガタガタと震えだす。

 再び広がり始めた黒く濁った雲を背景に、ヤツは鎌の柄を両手で持ち、ぐるんと一回転させた。その軌道上に赤黒い魔法陣、古代文字で刻まれる文字列。読めない。

 魔法陣が光る。咄嗟にシールド魔法。黒い突風が真っ正面から吹き付ける。弾いた。ホッとした直後、頭上に気配。鎌を振り上げたもう一人の俺。避けきれ――ない。剣で攻撃を受け止める。重い。はじき返す。着地したヤツがまた鎌を振るう。剣で応戦。

 魔法で塞いでいたはずの傷口が開き、激痛が走る。腹の中から血が逆流して口の中に広がった。口元から流れる血を拭うこともできぬまま、俺はただただ鎌から逃れようと必死に動いた。

 ザグッと氷の削れる音。弾いた鎌が凍った湖面に刺さった。ヤツは無言で鎌を抜き、また俺に向かってくる。

 ヤバい。急いで逃れようとしたが、砕かれた氷の欠片に足を取られ――。


「あ゛あ゛あ゛ア゛ァッ!!!!」


 自分の声の大きさに驚く。

 左脇腹が抉られた。竜の鎧なんか全然役に立たない。何だこの、焼けるような痛みは。毒が染みこんでくるような、炎で熱した金属を当てられているような。変な蒸気が傷口から噴き出している。

 ヤツが鎌を抜くと、血が噴き出して痛みは一層激しくなる。

 治癒魔法だ。左手で傷口を擦りながら魔法をかける。塞がれと祈りつつ、これは魔法でどうにかできるレベルではないと心のどこかで思ってしまう。身体の中に毒素が回り、呼吸と思考が鈍っていく。

 ダメだ。まだ始まったばかりだ。

 顔を上げると、ヤツもまた俺と同じ箇所を手で押さえていた。血がだくだくと足元に流れ、凍った湖面の上に赤い血だまりを作り始めていた。


「どういう……ことだ。お前を傷つければ、私も傷つく?」


 混乱し目を泳がせる黒い俺に、


「当たり」


 と俺は笑ってみせた。


「同じなんだよ。結局は一人の人間。どっちが先に倒れるか。魔法が尽きるのが先か、命が尽きるのが先か。耐久戦と行こうじゃないか……!」


 そんなこと微塵も思っていないクセに、俺はまた笑顔を向けてやった。


「小癪な!」


 ヤツが鎌を振り上げた、その間合いに踏み込む。目一杯聖なる光の魔法を纏った両手剣が、ヤツの胸を裂いた。

 激痛が走る。見えない何かが俺の胸を切り裂いていく。

 鎧の下に血を滲ませ、それでも前を向く。ヤツがよろけているうちに、更に数回斬り込んでいく。

 カウンター的に振り回された鎌の柄が身体に当たり、今度はヤツが優勢に立った。両手で器用に鎌を回し、離れても離れても、その更に奥を狙ってくる。タイミングがずれ、左肩に鎌が食い込んだ。筋肉が断裂する。歯を食いしばる。治癒魔法をかけ、また前を向く。





















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