無謀な戦い5





















「あんまり“こっち”に居すぎない方が良いんじゃないの?」


 茶髪の少年が優しい声でなだめながら、髪を撫でてくる。


「“表”が君の居場所じゃないか。ここはあくまで“裏の世界”。常態的に居るようになるのは危険だ」


「わかってるわよ……」


 美桜の声がそう答える。森の中の丸太小屋、遠くで鳥や獣の鳴く声が響いている。

 大きなテーブルに頭を伏せて、美桜は深くため息を吐く。


「私は要らない子なんだって」


 言うと、少年はガタンと椅子から立ち上がり、声を荒げた。


「なんてことを言うんだよ、美桜!」


 テーブルを大きく叩いて強く否定してくる。


「君のどこが『要らない子』だって? この世界のどこにそんなことを言うヤツがいるんだよ!」


「この世界じゃない、“表”の話。伯父さんが言うの。『堕ろすべきだった』『捨ててしまえばよかった』『何故生きてる』って。それって、どういう意味だと思う? 愛されてないってことだよね……?」


 顔を上げると、少年は涙を浮かべてこちらを見ていた。

 未だ幼いが、どうやら彼はジーク。美桜の幼馴染み。


「間違ってるよ……。君の伯父さんは間違ってる。愛されるべきじゃない子どもなんて、どこにも存在しないはずだろ……?」


 ジークの言葉には熱がこもっていた。拳を強く握りしめ、行き場のない怒りに堪えているようにも見えた。


「ジークも……怖い? 私のこと、怖いと思う?」


「何を言い出すんだよ、美桜」


「人と違う力を持ってたり、皆と同じじゃないところが沢山あったりしたら、やっぱり怖いかなぁ。本当のお父さんもわからない、正体のわからない子どもは怖いかなぁ。私は私なのに。どうして私、受け入れてもらえないのかなぁ……」





















・・・・・‥‥‥………‥‥‥・・・・・





















 獲物を刺した感触、自分の腹に刺された感触。

 あまりの痛さに悶えた。が、気を抜いてる場合じゃない。思いのほか剣での攻撃に効果のあったことが、ヤツは気に食わなかったらしい。

 大きく身体を捻り、俺を鷲掴みにしようと手を伸ばす。それを必死に避け、ヤツの背中へ回っていく。

 死角を攻撃するしかない。

 背中へ向けて思いっ切り剣を振ると、それが風の刃となってヤツの身体に刺さっていく。

 血が出た。するとまた俺の背中も痛み始める。

 治癒魔法でじわじわと治ってはいくものの、こんな方法で戦い続けるのには限界がありそうだ。かといって、コレといった打開策もない。

 竜化して強くなった力で、徐々にヤツの体力を削る。

 その隙に、帆船の皆には無事に帰ってもらわないと――。





















・・・・・‥‥‥………‥‥‥・・・・・





















「仲間がいる?」


 再びジークの顔。

 今と年齢はさほど変わらないように見える。高校の制服を着た美桜は、レグルノーラのジークの自宅を訪れていた。

 出された紅茶をすすりながら、アンティーク調の家具で囲まれた室内に目をやる。また新しい家具が増えていたらしく、美桜の視線は小さな引き出しの前で止まっていた。


「多分、私と同じ。かなり強い干渉能力を持っているようなんだけど、彼はまだ無自覚みたい。“こっち”でも何度か姿を見たの。雑踏に混じって歩いていたけど、多分本人だと思うのよね」


 美桜は視線を戻し、ジークの出方を覗っている。

 ジークはふぅんと首を傾げ、


「だったら、声をかけてみるとか」


 さも当たり前のように返してくる。


「それができたら困らないんだけど」


 と美桜。


「不思議なモノを感じるのよね。きっと彼、普通の干渉者じゃない。もしかしたら世界を救う存在になるかもしれない。でも、どうやってそれを伝えたらいい?」





















・・・・・‥‥‥………‥‥‥・・・・・





















 再び炎のブレスが俺を襲う。

 火炎噴射機のように強く噴き出された炎の息は、軽々と湖面を溶かした。分厚い氷は流氷のように砕かれ、沈みゆく氷塊が飛沫を上げる。一面平らだったリンクが、最早ヒビと割れ目だらけだ。

 いつの間にか帆船からは少し離れていて、俺とドレグ・ルゴラは空中でやったりやられたりを繰り返していた。

 お互い息が上がり、少しずつ体力が弱まってきていた。

 ヤツの白い鱗はあちらこちら赤く染まり、深く傷つけたところからは動く度に何度も血が溢れ出ていた。同じ箇所、俺も傷つき、治癒魔法で何とか乗り切ってはいるものの、激しい痛みと目眩でどうにかなりそうだ。深い傷は治りが悪い。筋肉の深いところまで達した傷は、動けば動くほど治癒が遅れてしまう。

 完全に無謀な戦いだ。

 自らの身体に刃を突き立ててしまえば、もしかしたら直ぐに終わるのじゃないかなんて考えが頭をよぎる。けど、そんなことまでしても、俺が先に力尽きたら終わり。誰もヤツを止められなくなる。

 もっと弱らせなきゃ。

 聖なる光の魔法が弱点なのは間違いない。けれど、それを竜玉で増幅させてぶつけるには、もう少し効きやすくなってからの方が効果的なはずだ。


「おのれ……! ちょこまかと……!」


 ヤツはギリリと歯を鳴らし、それから身体を光に包んだ。光がシュッと縮まり、人型を形成する。気が付いたときには、真っ黒な服を纏ったもう一人の俺が、凍りついた湖面に降り立っていた。


「体格差がありすぎてはまともに戦えない。人型に戻ってやる。これで対等。お互い、白い竜と人間が同化した者同士。魔法でも接近戦でも、好きに戦ってやろうではないか……!」


 傷だらけながらも、ヤツは変わらぬ調子で俺を睨み付けた。

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