無謀な戦い4





















 テーブルの上に、子供用の食器が一組置いてある。

 それを恨めしく睨んでいる俺がいる。いや、俺じゃない。美桜だ。

 また意識が飛んでいる。

 食器の中にはまだ半分ほどご飯が残っていて、すっかりと冷めてしまっていた。

 その真ん前で仁王立ちする男。端整な顔立ちで、質の良いスーツを纏っている。


「最後まで食べなさいと言ったのが聞こえなかったか、美桜」


 トゲトゲしい声に、美桜は萎縮して身体をすくめた。


「お前にはもうママは居ない。私の言うことが聞けないのなら、どこか遠くへ預けてしまうしかない。生き延びたいなら食べることだ」


 小さい美桜には言葉の意味が理解できていなかった。

 冷たい言葉を浴びせてくる男を、震えながら眺めるだけ。


「旦那様、美桜お嬢様は未だ小さいのですから、そんな言い方では」


 後ろから女の人がやって来て、肩を抱く。細い手。

 彼女は美桜の側に屈み、


「大丈夫ですよ、最後まで頑張りましょうね」


 と声をかけてくる。

 飯田さんだ。未だ白髪がない。

 泣きながらスプーンを持つ美桜。冷たいご飯が恐る恐る口に運ばれていく。





















・・・・・‥‥‥………‥‥‥・・・・・





















 ブンブンと頭を振った。

 ち……っくしょう。

 何だこれ。いちいち何かが見える。

 発動させたシールド魔法で炎を防ぎながら、俺は自分の見ていた記憶の中身を思い出す。

 ブレスが切れた途端、ヤツは俺に向かって突進した。応戦するしかない。

 咄嗟に魔法陣を展開させる。ヤツが炎なら、こっちは水系。


――“凍てつく氷の刃よ、巨大なる竜をつんざけ”


 両手にグッと力を込め、ありったけの魔力を注ぐ。長さ1メートルはあろうかという大きな氷の欠片が凄まじい勢いでドレグ・ルゴラの本体めがけて発射される。ただの氷じゃない、ひとつひとつに込められた魔力で強化された塊は、金属片と同じような強度にまで硬化してある。ザクザクッと刃が刺さり、血が噴き出していく。

 やった!

 思った瞬間、自分にも同じ箇所にダメージが入っていることに気付く。


『凌、もしかして向こうが傷つけば』


「こっちも傷つくってか? 上等じゃないか」


 二つの世界で命は繋がっていた。“裏”で傷つけば同じ箇所が“表”でも傷ついていた。二つで一つ。表裏一体。同じ人間の身体と意識体。バラバラだけどバラバラじゃない。

 治癒魔法をかけた。持続的に怪我を治していく。胸に手を当て、魔法陣を直接書き込んだ。身体がじんわりと桃色の光を帯び、傷口が塞がっていくのを感じる。

 攻撃には一定の効果があった。炎系の魔法を避け、別系統の魔法を使えばどうにか。


「命なんか全然惜しくないね。どのみち死ぬ運命だ!」


 再び両手剣。今度の剣はいつもと装飾が違う。美桜の力か。

 荘厳な装飾が施されたその剣に、聖なる光の魔法をかける。


「ダークアイも湖もこの魔法で浄化された。お前のその黒い心も、この魔法で断ち斬ってやる!」


 言いながら俺は、ドレグ・ルゴラに向かって滑空していく。





















・・・・・‥‥‥………‥‥‥・・・・・

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