無謀な戦い2

 ……どうして? 理由? そんなもの、必要なのか?

 口元が緩んだ。

 アホらしい。こんなことで、こんなくだらないことで。


「嫌いになる理由がなかったから?」


 俺は半笑いで呟いた。


「美桜のことを嫌いになる理由にはならなかったから、じゃないの?」


 木製の帆船は火の回りが早い。一回目のブレスで水分を飛ばされた木材は、普段よりもずっと燃えやすくなっていた。

 シバとルークがどこからか水の魔法を打ち、火を消そうと試みているようだが、勢いを増してきた炎は簡単に消すことはできない。マストに繋いでいたロープが導火線代わりになり、どんどん燃え広がってゆく。船首から船尾へ、甲板に投げ出されたロープと船縁を伝い燃え広がる火から逃れようと、能力者や乗組員たちが必死に走っている。


『記憶を辿っていくと、凌は随分前に私の正体を知っていた。私が気付くよりもずっとずっと前に。それなのに、どうしてそんなこと』


「……馬鹿か」


 悩むにしては、本当にくだらない。

 いちいち口に出して話さなきゃ伝わらない? 女ってのは面倒だ。こうやって、身も心もひとつになっているはずなのに。


「正体とか出自とか。それって重要? 美桜が美桜であることに変わりはない。自分が変えようもない部分で叩かれるのっておかしいだろ。そんなことより重要なのは、自分らしさを貫くことなんじゃないの?」


『私……らしさ?』


「やたらとツンツンして人付き合いが苦手なとことか、誰にも頼らないって決心固いところとか、誰かを好きになったら一途にそれしか見えなくなっていくとことか。いろいろあるだろ。全部ひっくるめて好きになっちゃったのに、ドレグ・ルゴラの血を引いていたって事実を知っただけで嫌いになるなんて無責任なこと、俺はできないね。第一、それが原因で今まで美桜が暴れたことはなかった。ヤツが動き出して、初めてあんなことになった。ヤツの影響だ。ヤツを封じれば、或いは倒せば、呪縛から逃れられるかもしれない。美桜が世界を救いたいと願っていたのはよく知ってる。心に黒い部分がないのも、苦しいながらも必死に生きてきたことも、俺は全部知ってるから。だからこそ、そうそう簡単に嫌いになんてなれないね」


 まくし立てるように言った。

 声に出すことで彼女が俺の考えを理解し、協力してくれるなら。そんな切羽詰まった考えで、俺は恥ずかしいセリフを堂々と吐き出してみせた。

 直ぐそこまで火が回り始めた。ドレグ・ルゴラはその固い鱗で熱をそれほど感じないのか、炎の中でゆっくりと身体を起こし、体勢を整えている。

 行動するなら今だ。早く炎から逃れないと。


『……ありがとう』


 美桜の声が聞こえたのと同時に、身体の奥底から力が湧き上がってくる。


『ゴメン。もう大丈夫。私の力、存分に使って……!』


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