集結4

「美桜、……同化しろ」


 精一杯の力を振り絞って、背中の美桜に訴えかける。


「えっ」


 と美桜は驚いたような声を出したが、続いて、


「どう、すればいいの。方法なんて、何も」


 彼女自身思うことがあったのだろう、思ったよりも力強い返事。

 俺は思いきり振り向いて、美桜の顔を見た。彼女の腕をひしと握り、大きく頷いてみせる。

 その顔が、彼女の目にどう映っていたのか。

 ハッとしたような表情で見返してくる彼女と俺の間に高速で描く魔法陣。


――“かの竜の血を引きし白き竜よ、我と同化せよ”


 光れ、そして発動せよ!

 美桜の身体をグイッと引っ張り、俺の胸に飛び込ませた。何が起きたのか理解できぬ彼女は、驚いた顔をして光に溶けていく。彼女のワンピースと同じ白色の光がワッと辺りを包んだ。直後、身体の中に粒子化した彼女の心がどっと流れ込んでくる。

 二つの命を一つにする。

 俺がテラから教わった究極の戦い方。

 流石に手慣れたテラのように、魔法陣なしで突然同化なんてことはできないが、補助的に魔法を使うことで再現は可能だ。身体が覚えている。自分の中に異物が入り、混じり合う感覚を。現実世界では決して手に入らぬ奇妙な興奮と、自分が新しく生まれ変わるような錯覚。

 テラに入り込まれたり、テラの身体に入ったり。かと思えば、ドレグ・ルゴラに乗っ取られ。俺の身体はまるで変幻自在のうつわのようだ。

 今度は美桜を身体に取り込む。

 従順なる俺のしもべ竜としての彼女を……!





















・・・・・‥‥‥………‥‥‥・・・・・





















『ママはどこ?』


 脳内に小さな少女の声が響いた。


『ママは? シンは? お兄ちゃんはどこに行ったの?』


 焦げた臭いがする。それに、雨の臭いも。


『ねぇ、教えてディアナさま。ねぇったらぁ』


 真っ黒い空の下、グチャグチャになった草地の上、膝から崩れた赤い魔女の背中を、小さな手が擦っている。

 魔女は三角帽子を脱ぎ捨てて、小さな身体をギュッと抱きしめた。その温もりが肌に伝い、俺の意識が声の主である小さな少女に入り込んでいることを知る。


『大丈夫。お前は何も見ていない。何も、見ていないのだ』


 呪文のようにディアナは唱え続けた。

 その身体は思ったよりもずっとか細く、小刻みに震えている。





















・・・・・‥‥‥………‥‥‥・・・・・





















 ――何だ。

 美桜の……記憶?

 ブルブルッと身体を震わせ、俺は前に向き直った。

 かの竜が目を見開いて俺を見ている。


「美桜はどうした。私の愛しい美桜をどこに隠した……!」


 俺は呼吸を整えながら、自分の中に彼女が溶け込んでいるのを改めて感じ取る。自分だけの意識じゃない、美桜の肉体が俺を実体化させ続けている。


「教え……られないね」


 興奮気味の呼吸を必死に整えながら、俺は冷静を装った。

 その頭の中に、また記憶が流れ込んでくる。





















・・・・・‥‥‥………‥‥‥・・・・・





















 チクチクという痛みと共にじんわりと熱を持った胸を擦る。涙が止めどなく出て、とても寝てはいられなかった。

 誰かが自分に魔法をかけた。かけ損なった。

 それだけはしっかりと記憶にあって、暗闇の中で感じた気配の中にとても嫌なものととても好きなものが混ざっていたのもなんとなく覚えている。

 次第に外が白みかけてきたころ、おもむろにベッドの上で身体を起こした。寝間着をめくると、胸元に魔法陣の跡があった。慌てて起き上がり、室内に明かりを付けて文字を読む。


「“偉大なる竜よ、血を滾らせよ”……? ちょっと待って。これは」


『凌だ』


 身体の主はそう思って、混乱気味の頭を抱える。


『どうして凌が? 私はどうしてここに?』


 フラフラと室内を周り、記憶を整理していく。


『気持ち悪くなったんだ。皆と部室で話をしていて。声を……聞いた。そして、何もわからなくなった』


 何度も両手で頭を撫でつけて、どうにか気持ちを落ち着かせようとする。そうしているうちに、指先に覚えのない固いモノが当たり、彼女は慌てて鏡を見る。


「これは……、何?」


 背中に生えた白い羽、身体のあちこちにある鱗、鉤爪の付いた足に、角、牙、それに白く太い尾まで。


「人間じゃ……ない。私は人間じゃない」


 途端に、消えていたはずの記憶がどっと押し寄せてくる。

 誰かが言った。



――『君こそが世界を滅ぼす白い竜だ』


 

――『君が“悪魔”を呼び寄せた』



――『自分の正体も知らず生かされていたのだね。可哀想に。君は知らなければならない。君は、自分が偉大なる破壊竜ドレグ・ルゴラの血を引く白い竜であることを思い出さなければならない。苦しみ、憎み、全てを破壊する運命を背負って生まれたことを、君は今一度思い出し、肝に銘じなければならない』



 その言葉を思い出すと、彼女の身体は火照った。わき上がってくる感情を抑えようと、ベッドに頭を埋めた。


「ダメ。もう……、思い通りになんかならない……!」


 彼女はそう言うと、ベッドの上に立ち上がり、窓を全開にした。





















・・・・・‥‥‥………‥‥‥・・・・・





















 頭を震わす。

 ダメだ。集中しろ。

 今は美桜の記憶なんかに振り回されている場合じゃ。


「戦ってやるよ。竜化、すればいいんだろ。してやろうじゃないの。テラを失っても、俺は戦える。戦って、勝って、身体を取り戻してやる。そして、根性のひん曲がった悪竜をぶっ倒してやろうじゃないか」


 精一杯のハッタリ。

 ドレグ・ルゴラは眉間にしわ寄せ、グイッと首を起こした。


「愚かな」


 クククッとヤツは笑う。そして隙ができる。

 竜化するなら今だ。

 腰を落とし、集中。頭の中に竜化した自分の姿を思い描いていく。

 必要な条件は全部揃った。後は、竜としての美桜の力を借りるだけ。

 美桜、力を……! 

 しかし、思ったように力が流れ込んでこない。

 おい、美桜。俺の中で何をしている。

 戦うことだけに集中を。


『凌が……、あのときの“お兄ちゃん”だったの?』


 脳内に響いた彼女の言葉に、耳を疑った。

 何を、言い出す。


『どういうこと? どうして凌が?』


 まさか。

 俺が美桜の記憶を見てしまったように、美桜も俺の記憶を。


『嘘……でしょ? ねぇ』


 せっかくのチャンスが消える。

 かの竜が太い尾を振り回し、甲板に居る乗組員や能力者たちをなぎ払い始めた。


「何を……、何を見てるんだ美桜。今は……、今はそれどころじゃねぇ……ッ!」


 俺は竜化を諦めて、手の中に両手剣を出現させた。

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