集結3

「私を倒す……、だと……?」


 皆の表情が緩んだのを、ドレグ・ルゴラは気に食わなかったらしい。

 バンッとヤツが一気に放射した力で突風が巻き起こり、船上に居た俺たちは身体をふらつかせた。ギロリと見開いた目と剥きだした牙を見せつけるようにぐるり身体を回し、最後に俺の方に向き直って指をさしてくる。


「愚かなり。救世主リョウ、お前の力の源である金色竜はもうどこにも居ない。お前の戦い方は私がよく知っている。人間と竜の同化。二つの力が合わさることで、力は何倍にも何十倍にもなる。強くなるにはつまり、同調する竜が必要だ。一体どこの竜が人間と同化してまで戦おうとする? あの無謀な金色竜のように、天命だなどとうそぶいて私に刃向かう竜など存在しまい。救世主などと騙ってはいても、所詮今のお前は意識体。限度というものがあろう。二つの世界で最も力を持つ人間の身体を手に入れた私と、どう戦おうというのだ」


 ヤツの力が高まっていくのがわかる。黒い服の下、筋肉が隆々と盛り上がり、頭の輪郭が変わり、背中に羽が生えていく。角、牙、爪、肥大化していく身体は服を破き、白い鱗が露呈する。床板が沈み、バキバキと音を立てた。

 あまりの轟音に驚いて船長室から飛び出したシバが「ああっ!」と声を上げる。


「嘘だろ。私の船がッ!」


 額に手を当て失望するも、その眼前でマストがバキッと根元から折られ、帆が自分のいる船首方向に落ちてくると、シバは両手を突き出して咄嗟に魔法を発した。マストの動きが宙で止まる、その間に別の誰かが急いで乗組員たちを船尾へと誘導する。その間にも、甲板の床という床が沈み、彼らは命からがらに難を逃れた。


「なんてこと。この狭い船の上で逃げ場などないというのに……!」


 そう言って魔法陣を描き始めたのはディアナ。ボロボロだったはずの服はいつの間にか新調されていて、だけれど身体はあちこち傷だらけだった。


――“清らかなる湖よ、その湖面を硬化させ、我らを受け止めよ”


 丁寧に描かれた魔法陣に、ディアナ独特の書体で文字が刻まれていく。青色に輝いた魔法陣が発動すると、それまで大きく波を立てていた湖面がスケートリンクのように凍っていった。船の揺れが止まり、倒れたマストが船縁を超えて湖面に落ちてバウンドする。激しい音を立てて真っ二つに折れるマスト。帆を張っていたロープは千切れ、破片で無数の穴が空いていくのが遠目に見えた。


「命が無事なだけでもマシだと思わないと」


 船首に居たルークが船長室の側まで来てシバに話しかけると、


「いくら送り主がかの竜の化身だったとしても、この船は私の宝だ」


 シバは悔しそうに唾を吐き捨てる。


「それよりどうする? このままでは踏み潰され――」


 ルークがセリフを言い終わるかどうか、巨大化したかの竜は船縁を鷲掴みし、バキバキと破壊し始めた。巨大な頭を下に垂らし、わざとらしく前屈みになって大きく口を開き、劈くほどの雄叫びを上げる。

 空気が振動し、それだけで俺たちは震え上がった。

 仲間と再会できたことを喜んだ気持ちは、あっという間にかき消されてしまう。


「倒せるというのなら、倒してみせるがいい」


 ヤツは地鳴りのような声を出して俺たちを威嚇した。


「どんな方法がある? 何を企んでいる? 私は絶対だ。私は混沌の先にあるものを見なければならない。そのために全てを破壊する……!」


 かの竜の大きく深く息を吸い込む仕草に、俺は息を飲んだ。

 ヤバい、ヤツはこの後に必ず。


「――やめろぉおぉぉぉぉぉぉおおおッッ!!!!」


 間に合うかどうか、シールド魔法。ありったけの力を込めて防がなければ。

 魔法陣を省略し、大急ぎで作ったシールドが完成するかしないか、ヤツは喉の奥底から至近距離の俺たちに向かって火炎を噴射した。ブワワッと風を防ぐような音がして、どうにか魔法の成功を知る。シールドからあぶれた者は居なかったか、左右を確認するが、生憎船首の方までは確認できない。

 続いてヤツは船長室の真上に腕を下ろした。近くに居たシバとルーク、俺と美桜が左右に避けてどうにか逃れるが、肝心の船長室は見るも無惨。船首の形も崩れ、船内に続く階段は瓦礫に覆われる。

 どうやら俺を直接的に攻撃し始めたらしい。

 真に目障りなのは俺。つまり、自分が乗っ取った人間の意識体。

 能力者たちが寄ってたかったって、まるで興味など示さぬはずだ。

 やるしかない。

 どうせ後戻りなど、できないんだから……!


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