集結2

 またギュッと、彼女は強く俺の服を引っ張った。するとヤツは、クククと笑って、


「残念ながら、本体はこちら。その男は意識体に過ぎない。その証拠に、自我が保てなくなり、あちこち消えかかっているではないか。意識はうつわに入りたがる。本体が目の前にあるというのに、いつまでも意識を分離させたままでいられるわけがない」


 残念ながらヤツの言う通り、俺の身体はあちこち透けてきていた。腕も足も、胴体さえところどころ半透明になっていた。甲板の床が透けて見えるのにも気付いていた。その箇所に意識を集中させれば一時的に不透明さを取り戻すが、気を抜くとまた色を失う。要するに、俺の意識は本体に引き付けられているということだ。


「下らぬ意地を張るな、リョウ。力を抜いて、本来あるべきところに意識を戻すのだ」


 口調とは裏腹に、見下すようにアゴを突き上げる自分の姿に背筋が凍る。

 な……、何だ。何なんだこの生き物は……!


 ――生温かい風が一気に空から落ちた。


 ゴウッと音を立てて、何かがこちらに向かってくる。バッサバッサと鳥の羽ばたくような音が頭上からして、一気に甲板が陰った。

 ヤツが舌打ちしながら上を向いたのに気付いて、俺も釣られて上を見る。


「アレは何だ!」


 誰かが上空を指さして叫んだ。

 鳥?

 にしてはデカい。淡い緑色の光を纏う、巨大な鳥。あの光には見覚えがある。確かアレは。


「凌――――ッ!!!!」


 懐かしい声が降ってくる。年端のいかぬ少年の声。

 巨大な鳥は頭上でパンと弾けて光の粒となり、その中から人間のシルエットが四つ浮かび上がった。光に包まれながら急落下した彼らは、それぞれ華麗に甲板へと着地していく。

 もう一人の俺はつまらなさそうに強く舌をうち、自分の真後ろに降り立った招かざる客に鋭い視線を浴びせた。


「邪魔者が」


 そう言われた彼らは、各々杖や剣を構えてヤツを威嚇した。シルエットを包み込んでいた光が徐々に消え、正体が明らかになってくると、俺の中に膨らみかけていた黒い感情はスッと急激にしぼんでいく。


「モニカ、ノエル、ジーク。それに……、ディアナ!」


 実際はそんなに長い時間経過はないはずなのに、物凄く久しぶりに彼らを見た気がした。

 それぞれとの思い出が急に頭を去来して、胸が熱くなっていく。


「無理やり来て正解だった」


 ノエルがヘヘッとはにかみながら満足げに言う。


「ええ。ロック鳥の背中に乗って行こうだなんてノエルが言い出したときにはどうすべきかと思ったのですが、本当に正解でしたわね」


 小さなノエルに微笑みかけるモニカ。

 隣でジークも頷き、


「どうにか間に合ったように見えるけど、間違いじゃないよね」


 と口角を上げてみせる。

 ディアナはそんな三人に対し小さくため息を吐いて、


「全く。若い連中の無謀なこと。けれど、今回はその無謀さに感謝する。凌、待たせたね。これ以上お前にばかり辛い思いをさせるわけにはいかない。もう“こちら”には戻らない覚悟だったが、せっかく、かの竜自ら時空の穴に飛び込んだんだ。ここで全部終わらせてしまおう。これだけの猛者が集まったんだから、どうにかこうにかやってみないとね」


 なんて。

 なんて心強い。

 それぞれの言葉がじんわりと沁みていく。

 そう。何も俺一人で戦っているわけじゃない。皆、自分にできることを精一杯頑張ってくれている。頃合いを見計らって竜玉の力を借り、ドレグ・ルゴラを倒す。そのためにも人数は必要だ。少しずつでもいい、力を集めなければ。


「ありがとう、皆。頼む、ドレグ・ルゴラを倒すために、力を貸してくれ……!」


 嬉しさのあまり、俺は思いきり大きな声で叫んでいた。


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