146.集結
集結1
身の毛がよだった。
もう一人の自分を見たら死ぬという西洋の言い伝えが頭をよぎる。
大きく揺れる帆船の上、ヤツと俺の間だけ時間が止まっていた。
音が消え、温度が消え、息をすることさえ忘れそうになる。
俺の皮を被ったかの竜は、歯を剥き出しにしてニヤリと笑った。眼光鋭く、穏やかさの欠片もない。こんな凶悪な顔ができるのかと自分でも驚く程のおぞましさだ。
「探したぞ」
ヤツは俺の声でそう言って、荒く息を吐いた。
甲板の空気は一気に澱んだ。負のオーラがヤツの全身を覆っている。
船上に居た乗組員や能力者たちは、慌ててもう一人の俺から距離を取る。船首へ、船尾へ、船縁を伝いながら移動しているのが見える。
「意識を分離させ、湖の浄化を図るとは。お前の無謀さには感服した。褒めてやろう」
ヤツがケタケタと肩を震わせて笑うと、美桜は俺の背中にサッと隠れた。服の裾を握る彼女に大丈夫だと囁く。その様子をヤツが見過ごすはずはなく、それどころか身体を傾けて、
「おや?」
とわざとらしく声を発した。
「私の魔法は上手く発動しなかったというわけか。残念だな、美桜」
ビクッと身体を震わせて、美桜は一層強く俺の服を握った。
「塔の魔女に邪魔さえされなければ、私は完璧に魔法を発動できた。お前の中の竜の血を滾らせ、リアレイトを破壊させる魔法。――抵抗し、湖に逃れたとは。残念だ。お陰で私がリアレイトを破壊する羽目になった。私の血を引く合いの子がどれほどの力を持つのか、よぉく見ておきたかったのに」
魔法。というと、夜中に彼女の部屋に侵入してかけようとしていたアレか。何の魔法なのか、あのときの俺には全くわからなかった。まともに発動していたら、今頃どうなっていたことか。想像するだけでゾッとする。
じわりじわりと、ヤツは話ながら少しずつ俺たちに近づいて来ていた。けれど逃げ場はない。船内に戻れば他の皆が犠牲になる。船長室の手前で美桜を庇いながらヤツの動きを凝視する。
「今からでも遅くはない。もう一度魔法をかけてやろう。お前の中に眠る竜の血を呼び覚ますのだ。美桜、おいで。私と共に全てを破壊しようではないか」
ヤツは目を細め、右手を差し伸べた。
慈愛に満ちたフリをしたその目は、破壊願望に溢れている。
「……嫌」
美桜が背中で小さく言った。
「誰よ。あなた……、誰なの」
「誰? 見ての通り、私はリョウ。キスミ・リョウ。お前の愛しい男ではないか」
クククッと、ヤツはまた声を立てて笑う。
「愛を誓い合ったのを忘れたのか。自分の全てをさらけ出し、それでも愛していると言った男の名を、お前は忘れたとでも?」
俺の記憶を見やがったのか。
最低最悪の言葉に、俺は堪えるのが精一杯。胸の奥から沸き起こる黒い気持ちを必死に押さえ込む。
両手を握りしめ、歯を食いしばった。
呑まれるな。呑まれたら恐らく、俺の意識体は消えてしまう。
「この身体は覚えている。お前の柔らかな肌。息づかい。体温も、臭いも、味も。……それでも、私はリョウではないと?」
……最悪だ。
皆の面前で、なんてことを。舌舐めずりまでしやがって、明らかに俺を挑発している。
頭に血が上って、感情が制御できなくなってきているのが自分でもよくわかった。呼吸が辛くなった。視界が狭くなり、ヤツの姿以外見えなくなってきていた。
見えない何かが俺を分解させようとする。意識を具現化させた身体をバラバラにして、ドレグ・ルゴラの乗っ取った本体と融合させようと企んでいる。
ダメだ。このままでは俺は俺でなくなる。
吸い込まれたとして、自我を保てるかどうか。
「違う。あなたは凌なんかじゃない。本物は、こっちにいるもの……!」
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