存在意義2

 美桜はローラの言葉をひとつひとつ確かめるように何度も小さく頷き、気丈にも、


「そうよ」


 と言う。


「もし私の身体が役に立つなら、どうぞ使って欲しい。私は生まれて初めて、自分が誰かの役に立つのかもしれないって思い始めてるの。ずっと……、ずっと要らない子だと思われていたから。婚外子だからって、唯一の肉親の伯父も私を受け入れてくれなかったし、学校でだって友達なんか一人もできなかった。小さい頃ママとシンと一緒にあちこち点々とした理由も、今なら分かる。私はかの竜の血を引く災厄の子だったから、レグルノーラにさえ受け入れてもらえていなかった。ディアナやジークが必死に守ってくれていたけれど、私はどこかで違和感を覚え続けていた。何かがおかしい、私は皆と違う、避けられてるって。どうにかしてこの世界に受け入れてもらいたくて死ぬ気で戦ってきたけど、やっぱり私の扱いは皆と違った。そういうのが嫌で嫌で。でも、きっと悪意からじゃなくて、そうすることしかできなかったんだって今はなんとなくわかるけれど、集団の中に居ても孤独感に満たされていて、私はどうにかなりそうだった。私を私として必要としている人間なんてこの世には一人として存在しないんじゃないかって、何度も思った。そういう気持ちを見透かされて、私は竜になったとき、心を奪われてしまった。心と体が別れて、色々なところへ意識が飛んで。……見たの。暴れる私を必死に止めようとする皆を。どうにかして救おうと、あらゆる手を尽くす皆を。もしかしたら――、私を殺せば、父親という立場であるかの竜を怒らせると思ったからそうしていただけかもしれない。人を殺せば罪になるから、そうならないように監護の義務を全うしただけかもしれない。けれどね、そのとき、温かさを感じた。私は守られてる。私は愛されてる。私は必要とされてる。どうにか、皆の役に立ちたい……! お願い、凌。こんな私だけど、もしよかったら、凌の竜にしてくれない? 契約を結んで。服従を誓うわ」


 話しながら一歩、また一歩と進み、美桜はとうとう俺の眼前まで迫った。そしてひしと俺の手を握り、上目遣いに見つめてくる。

 青みがかった瞳が潤んでいた。

 少し赤い鼻と耳が、彼女の感情の高ぶりを知らせてくる。

 断る理由なんてどこにあるだろう。


「わかった。契約する」


 俺は彼女の手を握り返した。


「けど、いいのか。俺と契約するってことは、俺と同化するってこと。俺はそれしか戦い方を知らない」


「わかってる。見たもの。同化することであなたが人間の姿じゃなくなるのも、信じられないくらい強くなるのも」


 美桜は笑った。

 その顔は強張っていた。

 彼女の手は震えていたし、潤んだ目から一粒、頬に涙がこぼれ落ちていた。

 俺よりずっと、彼女は追い詰められている。追い詰められて追い詰められて、それしかなくなった。

 ドレグ・ルゴラを倒す以外に俺の存在意義がなくなってしまったように、彼女も俺と同化することでしか、自分の存在意義を立証できない。

 何本もあったはずの道がひとつひとつ途絶えた結果が、これか。

 皮肉すぎる。


「少し……、二人だけにさせてください。契約を交わすのに集中したいので」


 俺はそう言って、皆を船室から出るよう促した。

 皆険しい顔をしている。

 唯一シバだけが、げんこつを見せて引きつった笑顔を見せていた。





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