理由2











 ドレグ・ルゴラがレグルノーラの街に現れたという噂は急激に広がっていた。

 自宅を壊され、キャンプに身を寄せていたジークにも、当然のように話が伝わったようだ。

 目の下が黒くなるほど疲れ切った彼は、テント内で出された茶をすすりながら、長くため息を吐いている。


「参ったな。どこもかしこも滅茶滅茶だ」


 茶色のくせっ毛を掻きむしりながら、ジークは苦い顔をする。

 一緒のテーブルに着いていたのは、第一部隊隊長のライルだ。


「第二部隊が消息を絶って、干渉者教会が襲撃されたのが、遠い昔のように思えるよ。これまでたくさんの隊員が死んだ。彼らが無防備だったとも弱かったのだとも思えない。通常考え得る装備はきちんとしていたはずだし、素人だったわけでもない。相手があまりにも強すぎたんだ。しかも、人間の肉を食うとは……。考えられない」


 ライルは両目を手で覆って身震いした。

 そうか、市民部隊は事後処理を。いたたまれない。

 ジークはライルの表情に顔を歪めた。


「凌が、かの竜を野放しにするとは思えないんだけどね」


 また一口茶をすすり、


「竜に変化へんげしてまで美桜を止めて、かの竜と戦うために大穴に自ら飛び込んで。なのに今、かの竜は我が物顔にレグルノーラで暴れ続けている。凌の気配は感じるのに、まるで姿が見えない。何かがおかしい」


 首を傾げてまた深くため息を吐くジーク。

 不審に思ってくれるだけでもありがたい。


「彼は本当に型破りだったな」


 とライル。少しだけ笑顔が戻る。


「型破り? ああ、無鉄砲ってことね」


 とジークまで。もう少し言葉を選んで貰いたい。


「凌はね、相手のことをおもんぱかるあまり、突き進みすぎるタイプだから。優しすぎて相手に気持ちを確認することすらできないんだ。で、暴走させちゃう。真っ直ぐすぎるのは短所かもしれないけど、長所でもあったんだよね。僕は僕でそういうところは好きだったけど。ライルも何度か凌と話したんだろ」


「あ、あぁ。色々と最悪なシーンばかり見てしまった。彼が私を見るだけで肩をすくめそうなくらい」


「へぇ、例えば」


「出会いはダークアイにやられそうになってたところだったし、二度目は……、言ったら本人に怒られそうだな、半竜人みたいになっていた彼を、かの竜の使いだと勘違いした私が捕らえた」


「ああ! 聞いた聞いた。そうか、捕らえたのはライルだったのか。あれは酷かった。本当に無謀なんだよ。いくらピンチだからって、“表”に竜を召喚して同化するんだから。そういえばあのときも、かの竜の使いをどうにかしようと思ったのか、彼はかの竜の使いと共に“裏”に転移したんだ。今回も似たようなものか。本当に、凌は相談するってことを知らない」


 ……俺の姿が見えないのをいいことに、二人は言いたい放題だ。

 けれど、話をしているうちに二人の緊張が明らかに取れてきている。時折見せる優しい目が、なんともこそばゆい。


「最初にリョウのことを知ったときは、彼が救世主になるなんて思わなかった」


 ライルは言うが、


「いや、僕はかなりの素質を感じたね」


 ジークはそう言って腕組みし、椅子の上でふんぞり返った。


「使い切れないだけで力がある人間は存在する。自分の可能性を信じて、多少無茶をしてでも必死に頑張ってきたからこそ、彼はあそこまで上り詰めた。彼の実直さを知っているからこそ言うんだけど、余程のことがなければ、彼は誰かを裏切ったり、苦しめたりはしない。だから、今姿を見せないのにも、きっと何か理由がある」


「その……、理由なんだが」


 ライルはグッと前のめりになり、ジークに耳を貸せとジェスチャーする。ジークは渋々身体を曲げて、ライルの側まで頭を持っていく。

 テント内に二人しか居ないのを確認し、それでも念のためトーンを落として、ライルはジークに耳打ちした。


「リョウが闇に落ちたという噂がある」


「――へ?」


 ジークは声をひっくり返して驚いた。

 何を言っているんだと眉をひそめ、ライルの顔をまじまじと見ている。


「塔の連中の動きがおかしい。元々彼らは秘密主義だが、協会が破壊された直後から何やらコソコソと妙な動きをしているらしい。通常の交通手段を使わず、魔法で転移してばかりいるし、かの竜の動きや被害状況についても、こちらの問い合わせには一切答えない。情報を遮断され、市民部隊側も犠牲者が増えるばかり。何かかの竜のことで不都合なことが起きたのだろうと推測していたのだが、偶々そういう噂を耳にしてしまった。どういう意味なのか、私にはよく分からない。が、金色竜になったというリョウの姿が全く見えないことと何か関係があるのではないかと疑ってしまう。ジーク、君は何か知らないか」


「いや……」


 意味がわからない。ジークは眉間にしわ寄せ、そういう顔で何度も何度も何度も首を傾げた。


「“表”でディアナ様とご一緒なら、何か塔の情報が入ってきてるんじゃないのか」


 ライルは言ったが、ジークは首を横に振る。


「塔は完全にディアナ様を切った。今は次の塔の魔女を早期に決定すべく審議中だと。塔を捨てたディアナ様にはもう、用事はないという感じだったよ。使者の一人も寄越さないし、僕が行っても門前払いだった」


「……何か、ある」


「あるな」


 二人は互いに頷き合った。そして、これ以上話せば誰かに話を聞かれてしまうと思ったのか、それきり口を噤んでしまった。











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