哀愁4











 暗い洞穴の中に場面が切り替わった。

 石の宮殿の入り口で、グロリア・グレイが神妙な顔をしている。

 側には協会から派遣された白いローブの男が二人。


「そうか。白い竜が。そして、リョウまで」


 憔悴しきったような顔で、グロリア・グレイは長いため息を吐いた。


「あれらの竜石では間に合わなかったということか。追加を?」


 ローブの男たちは互いに確認しながら、首を縦に振る。


「……仕方あるまい。柱でも壁でも、好きに持っていくがいい。全部竜石でできている。こんなことになるのなら力尽くでも止めておくべきだった。などと……、今更か。好きなだけ持っていけ。それでリョウが元に戻るなら、私は住む場所を失っても構わぬ」


 自分の住処にこだわりを持っていた彼女にしては、大胆な発言だ。

 そもそもこれが、現実なのであれば、だが。


「報告ありがとうと、塔の連中に教えてくれ。竜石のことは好きにしろと」


 頭を下げて帰って行く二人の後ろ姿に、グロリア・グレイはまたため息を吐く。


「ゴルドンが死んだか……。おかしいと思っていた。気配が消えて、卵も戻ってこない。あの白き愚か者を止めることができる唯一の男さえ、ヤツに呑まれた。不思議とリョウの気配は近くに感じるのだがな」


 グロリア・グレイがちらりとこちらを見た気がした。そもそも俺は何を介してこの映像を見ているのだろうか。


「あのとき、もう少し長く接吻ができていればどうにかなったかもしれぬな。あれでは足りなかったということか。ゴルドンさえ邪魔をしなければと思うと、なんとも皮肉な話だ。さぁて、リョウ。聞こえているんだろう」


 嘘だろ。

 身体もないのに。偶然か?


「干渉能力で言うところの“意識を飛ばしている”状態ならば、どこに居てもおかしくない。どうもさっきから、やたらと気配がするのだ。気のせいであれば我の独白。良く聞け。我の接吻には魔法がかけてあった。同化を解除しやすくする魔法だ。我は未だ反対なのだ。竜と人間がひとつになるなど竜に対して冒涜も甚だしい。ゴルドンにも昔同じ魔法をかけようとしたが、上手くかわされた。もし効き目がある程度あるのであれば、分離できるかもしれない。うぬが白い竜そのものになったのではなく、身体の中に入り込まれただけだとするならば、或いは」


 ――そういう意味があったのか。単に趣味で舌を入れられたのだとばかり。

 どおりで竜石を採掘してから先、簡単にテラと分離するようになったと思っていたら。

 しかしこれは、嬉しい誤算。


「ん? 魂が揺らいでいる。やはり居るようだな。流石は我の見込んだ男。ドレグ・ルゴラに呑み込まれてもただでは済まぬところ、益々気に入った。うぬがそうしたように、今度は我らが最後まで踏ん張る番じゃ。ドレグ・ルゴラに呑まれてもこうして意識を飛ばすだけの余裕があるということは、希望を捨てる必要など皆無だということ。最後まで諦めるでない。ありとあらゆる方法を使ってうぬを救い出して見せようぞ」


 松明の光がグロリア・グレイの顔を浮かび上がらせる。

 彼女は少し笑っていた。それはディアナが全てを捨てると覚悟したときの笑いによく似ていた。





















・・・・・‥‥‥………‥‥‥・・・・・





















 大きく吸い込んだ息が口の中でどんどん熱を帯びていくのがわかる。腹の底から目一杯息を吐き出すと、それが火炎となって眼下に降り注いだ。

 必死の抵抗虚しく散ったと見える幾多のレグル人が、死体となってあちこちに横たわっているのが見えた。瓦礫に潰された者、炎であぶられた者、引きちぎられた者。たくさんの人間たちが未曾有の危機に晒されていた。

 街がどんどん潰されていく。

 高いビルはなぎ倒され、崩され、噴煙と炎を上げる。

 上空から攻撃しようと翼竜やエアバイク、エアカーを駆使して攻撃してくる市民部隊らも、ドレグ・ルゴラにとって敵ではなかった。手を払い、尾を振り、火を噴けば、それだけで全てをなぎ払うことができた。

 人間にとっての脅威が同じ人間ではなく、数百年に一度程度姿を現すだけの得体の知れない白い竜だったレグルノーラでは、兵器の開発が順調には進まなかったらしい。どの武器も固い鱗を通すことすら敵わず、ダメージも殆ど入らない。

 これが“表”はらば少しは違うのだろうか。戦車、各種砲弾、ミサイル、デカい竜に効果があるかは不明だが、どうにかなりそうではある。


『つまらぬ』


 ドレグ・ルゴラはぼやいた。


『リョウ、お前もそう思うだろう。私をいくら忌み嫌い、倒したいと思っていても、“裏”では所詮この程度。狭い世界では何も面白いことなど起こりようもない。となると、やはり“表”だろう。この面白味のない世界などさっさと破壊して、“表”へ行く。そうすればまた、面白いことが起きそうだとは思わないか』


 ……勝手なことを。


『何もかも、三百年前とは違う。私は満身創痍ではないし、最も恐れるべき救世主の肉体さえ、私は手に入れた。混沌を求めるならば、長年の夢だった二つの世界の完全なる融合を――更に、推し進めるべきだと私は思う。全ての世界が、時空の狭間にある黒い水で覆われ、私の存在を広く認める恐怖の色に染まるのを、この目で見たい。私は絶大な存在として君臨するのだ。全ての生き物が私に恐怖し、私を崇める。どうだ、面白いとは思わないか……?』


 にんまりと笑うドレグ・ルゴラ。

 俺はその思想に心底身震いした。

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