哀愁3











「やめろよ。バッカじゃねぇの」


 俺は誰かを睨んでいた。

 何年生だろう。眼鏡の女子が半泣きしている隣で、俺はクラスメイトであろう男子に凄んでいた。

 教室はざわめき、みんなが俺に注目している。


「ハァ? 何だってぇ?」


 俺よりずっと体格のいいその男子は、小学生のクセに大人ほどの胴回りがあった。


「だからやめろって言ったんだよ。最低だな。“まるいち”だろうが“いちまる”だろうがどうでもいいだろ。人と違うことをちょっと口走ったくらいで。まっしの何が気に食わないんだよ」


 益子怜依奈が俺の陰にそっと隠れる。それを見てまた、周囲がやんややんやとかき立てる。


「来澄、お前、田舎者まっしとお似合いだな! 付き合ってんのかよ!」


 小学生独特のわけのわからない冷やかしに、俺は眉をひそめるくらいしかできない。

 益子の腕をギュッと握り、


「気にすんな。アイツらアホだから」


 俺は慰めるつもりでいったのだが、益子は何故か泣き出してしまう。


「何泣いてンだよ」


「だ、だって」


「うぇ~い! 来澄が女子泣かした! 最低野郎だ!」


「違っ! 俺はまっしを守ろうと」


「守るだって! 王子様かよ!」


 つくづく、この年齢の男子というのは会話に詰まる。全く日本語を理解してくれない。

 俺は益子の手を引いて教室を出た。益子の細い足がヒョコヒョコと倒れそうになりながら必死に付いてくるのが足音でわかる。


「待って、待って来澄君」


 廊下には殆ど人影がなかった。中間休みの終わりを知らせるチャイムが鳴り始めたところだった。

 益子は俺の手を引っ張って、その場に止まった。


「どうして、庇ってくれたの」


 丸い眼鏡をかけて長い髪を二つに結った益子は、目を腫らしていた。


「庇う? 俺はただ、我慢ができなかっただけだけど」


「え?」


「ちょっと人と違うことがあっただけで馬鹿にされるっておかしいだろ。アイツらは自分が他人と違うところなんて一つもないと思ってる大馬鹿野郎どもなんだよ。個性で良いじゃん。言い方が違うとか、喋り方が変とか、そんなのどうだって良いじゃん。誰かがそれで迷惑したのかよ。それで困ったり、それで苦しんだりしたのかよ。そうでないなら、アイツらにそんなこと言われる筋合いないだろ。そういうの俺、我慢できない」


 今思えば、俺は自分を益子に重ねていた。

 変に大人びて同級生のテンションについて行けず、どこか俯瞰したように過ごしていた俺を、ヤツらは嗤ったんだ。年寄りか。何カッコつけてんだよって。

 だから俺は、益子を守るフリをして、自分の思いを彼らにぶつけていたんだ。

 何も知らない益子は、


「ありがとう」


 とまた泣き出した。

 チャイムの音に重ねて、担任の、


「そこの二人! 早く教室に入りなさい!」


 という怒声が廊下に響いていた。











・・・・・‥‥‥………‥‥‥・・・・・











「昔から優しいんだよね、凌は」


 薄暗くなってきたグラウンドで、須川が言った。

 項垂れた須川の横には陣が居て、そっと肩を抱いている。


「怜依奈は凌の昔を知ってるんだっけ」


 陣が言うと、須川はこくりと頭を垂れた。


「正義感が強くて、凜としてて。変な男子とつるんだりしないし、馬鹿げたこともしなかった。真面目で、物静かで。でも、頑張るときは凄く頑張ってた。変わんないなぁ。そこが、好きだったんだよね」


 須川の顔が歪み、涙が溢れ出す。陣はそっと須川を抱き寄せ、自分の胸に須川の顔を押し当てた。


「戻ってくるよ、きっと」


 陣の言葉には根拠がない。

 それを知っていて、須川もうんと頷いている。











・・・・・‥‥‥………‥‥‥・・・・・

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