不条理2
「僕が白い竜だって知らなかったら、もっと遊んでた?」
薄暗い森の中、人間の子ども数人に、俺はそう訴えかけていた。
言われた子どもたちは返答に困り、互いに目を見合わせている。
「おいかけっこ、楽しかったのに。どうして止めるの」
俺は首を傾げ、両手を広げて理由を請う。
「し……、白い竜は普通、存在しないって聞いた」
言った子どもが竜に姿を変える。
「みんな言ってる。不吉だ。交わらないようにって」
別の子どももそう言って、竜の姿になる。
人間に
「そうか。
俺は何故かニヤリと笑い、グッと拳を握る。
瞬きをしている間に、俺は白い鱗に覆われた若い竜になっていた。
「『不吉』って何だ。『存在しない』……? では僕は何だ。僕は何故ここに居る。居ないはずの存在がどうしてこうやって君たちと会話していると? 愚かだな。理解に苦しむ。他の竜と色が違うだけで、僕は最初から存在を否定される。僕は生きている。存在している。誰が何と言おうと、僕は僕という存在を、認めさせてやる」
言うと俺は、思いっ切り空気を吸い込み、身体の中に蓄えた。
・・・・・‥‥‥………‥‥‥・・・・・
「つまり来澄は、美桜を守るために……?」
ほとんど空になったペットボトルを両手で抱えながら、芝山が呟いた。
「結果的には、そういうことになる。実際、救えてないのが悲しいところだけれど」
薄暗くなってきた校庭の隅、瓦礫に腰掛けながらディアナが言う。
地面には大きなレジ袋が三つ。そのどれにも、飲み物や弁当の空箱が詰まっている。どこぞのコンビニロゴの入ったレジ袋に、芝山は空いたペットボトルを詰めた。彼らしく几帳面に、ペットボトルのラベルを剥がし、キャップも分別している。
レオたちの姿はない。一通り仕事を終えて、“向こう”へ戻ったのだろうか。
横倒しになった外壁の上に、美桜が半竜の姿で横たわっている。どうやら寝ているようだ。ディアナかモニカの趣味だろうか、少しフリルのある白っぽいワンピースを着せられていた。
「どちらの世界に居ても、美桜は苦しむ。生まれる前からわかっていたこと。竜となって出てくるか、人間として出てくるか。賭けだった。美桜を抱き上げたとき、美幸がどんなに喜んだか。余程嬉しかったのか、直後に私のところに飛んで来てね、『大丈夫、私やっていけます』なんて言うんだよ。レグルノーラとは違って、“表”で婚外子は育てにくいと聞いていたのだけど、兄が何とか面倒を看てくれることになったと嬉しそうにね。……ところが、人間の心というヤツは残酷で、変わりやすい。彼は、得体のしれない世界に飛んでいく妹と姪をいつまでも同じ気持ちで見ていくことができなくなってしまっていた。けどね、それは仕方のないこと。責めてはいけないよと私は言った。自分の知らないもの、理解できないことを恐怖だと思う。これは人間が持つ自然な気持ち。怖いからこそ警戒する。警戒するからこそ自分を守ることができる。警戒は防御。だから、お前の兄を責めてはいけないと、私は美幸に言ったんだ」
陣はディアナの紡ぐ言葉を噛みしめるように、皆から一歩離れた校舎の壁に寄りかかっていた。陣の視線の先には、今にも破れてしまいそうな結界があった。学校の敷地をグルッと囲ったそれは、いつ壊れてしまってもおかしくないくらいヒビだらけだ。
「ドレグ・ルゴラは人の心を操るのが得意らしい。心の中に入り込まれては、打つ手がない。強靱な肉体を持っていたとしても、その心まで強靱でなければ打ち勝つことはできないだろう。覚悟を決めた凌が、真の救世主となるために命を懸ければ、どうにかできるかもしれないと――これは、一縷の望みだ。美桜の力を封じ込め、使える竜石の数は減ってしまったが、まだ巻き返すだけの力がどこかに残っていると信じたい。時空の狭間で何が起こっているのかわからない今、私たちにできるのは信じ続けること。そして、魔物が侵入しないよう、警戒を続けることだ」
一人一人の目を見て、ディアナは丁寧に語った。
芝山、須川、陣、それからモニカとノエル。皆が頷く中、一人だけ首を横に振るヤツがいる。
ノエルだ。
「そうかな。真に警戒すべきは白い半竜人だと思うけど」
周囲が怪訝な目を向けても、ノエルは怯まない。
「竜に
彼らしく冷静に分析し、しっかりと意見を言う。
ディアナはうんうんと何度も頷き、その後でもう一度、あのことを話した。
「けれどノエル。美桜はかの竜の娘なのだ。情というものが存在するのかどうかは不明だが、身内を殺されれば普通、大抵の生き物は殺した相手を敵だと認識する。つまりね、安易に殺すことはできない相手だと言っているのだ」
ノエルの表情が重くなる。唇を噛み、拳を握る彼に、誰も言葉をかけることはなかった。
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