不条理3











「不吉な噂が蔓延しているが」


 干渉者協会のマシュー翁が、ディアナに耳打ちする。

 仕事で訪れたのだろうか、本棚がギッシリと並んだ協会の会長室、二人は茶をすすりながら話し込んでいる。


「噂、とは」


 ディアナは眉を動かしてマシュー翁の顔を覗き込む。

 低いテーブルの向かいに腰掛けたマシュー翁は、ディアナの表情を確かめながら、慎重に言葉を選ぶ。


「かの竜が復活したと」


 フンッとディアナは鼻で笑い、


「馬鹿馬鹿しい。冗談でもそんなこと」


「――人間の男に化けていると聞く。見た目では判断できず、気配も竜のそれではないと。しかし、人間ではない何かを感じるらしい。まさか塔の魔女が何も知らぬわけがないと思って聞いたのだが」


 まだ黒い色が残る長いあごひげを擦りながら、マシュー翁はディアナの心を探る。

 けれどディアナは無表情のまま、


「知らないな」


 とピシャリと言った。


「この世界でかの竜を知らぬ者はない。常に畏怖の対象であり、決して触れてはいけないものの一つ。数百年前に時空の狭間に封印されて以来、今も世界中に様々な影響を及ぼしていることも確かだ。この世界の異常の殆どは、かの竜の仕業。そう揶揄されるほど恐れられる竜が、まさか小さな人間に化けているなどと、誰が信じようか。協会の会長殿もその御年でようやく冗談を言うようになったと捉える」


 口角を上げて再びカップを手にする、その手が震えているのをマシュー翁は見逃さない。


「仮に」


 と前置きし、


「かの竜が復活したとして、救世主たる存在が現れなければ、この世界は滅びる。早急に適合者を探さねばならぬ。潜在能力が高く、志が高く、誠実で実直な“表の世界の干渉者”を。そのためにも、塔の魔女であるディアナ様には何としても力を借りねばならない」


「――“この世界”の危機など、“表”の人間に何がわかろうか。干渉を止めれば関わることのない遠い世界だ。“表の干渉者”の何割が“ここ”を実在する世界だと思っているか知れたもんじゃない。その多くは“裏”は夢だと、睡眠中にだけ訪れることのできる不思議な世界なのだと思っているくらいだ。訴えるのは難しいよ。余程“表”に影響するか、でなければ“裏”を救わなければならないという合理的な理由を持つようでなければ、遠い世界の出来事で済まされてしまう」


「それならば、作り上げてしまえば良い」


 マシュー翁の不穏な言葉に、ディアナは顔を上げる。


「かの竜の復活がまだ噂に過ぎないうちに、作り上げてしまえば良い。条件に適合する“表の干渉者”を。“合理的な理由”を持ち、自らの意思でレグルノーラを救おうとする干渉者を作り上げてしまえば良いのだ。なぁに、簡単なこと。未だ幼少にある“干渉者の卵”にこの世界の隅々を見せ、徐々に“裏”を身近に感じさせる。往来が自由にできるようなった時点で干渉の仕方や魔法の使い方を教えていく。“裏”とたくさんの接点を持たせ、この世界に愛着を持った時点で、どうしても世界を救わなければならないと思わせるような事件を起こす。……候補はたくさん居た方が良い。協会でいくらでも選別しよう」


「――ダメだ」


 テーブルに手を付いて、ディアナが立ち上がった。


「“救世主”は作られるべきではない。いくら別世界の住人とはいえ、相手は人間。意思を尊重することもなしに簡単に『作り上げる』などと。私は反対だね。絶対に協力などしない」


 凄むディアナに動じることもなく、マシュー翁はじっと彼女を見つめている。


「実際に復活が確認できれば、綺麗事では済まされぬぞ」


 唾を飲み込むディアナ。


「それでも、私は」


 彼女はそれ以上、言い返さなかった。





















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