一つの解決策として2

――“竜石よ、砕けよ。力を解放し、我を竜に変えよ”


 パリンと石が砕け散った。

 俺は竜になる。かつての救世主がそうしたように、自分の身体を溢れる力に任せて竜に変えていく。

 細胞の一つ一つ、身体の組織の一つ一つを変化させ、人間とは異なる生物になっていく。

 みるみるうちに俺は、自分の知らない大きさにまで身体が膨れていることに気が付いた。竜人の姿になったときより、テラの中に入り込んでしまったときよりもずっと大きい。白い竜には及ばないが――人間を小さいと感じてしまうほどの大きさにまで巨大化していた。

 足元で逃げ惑う仲間たちの姿があった。突如現れたもう一匹の竜に恐怖しているようにも見える。

 校舎のガラス窓に金色の竜の一部が映っていた。そこに見える竜はテラではなかった。頭部が長く、羽と前足が一体化したプテラノドン型のテラとは全く違う、別の竜だ。


『後先考えずに竜になったところで、ドレグ・ルゴラの魔手から逃れられるわけではないのだぞ』


 わかってる。テラの警告は本当に、身に染みるほどわかってる。

 けれど、俺は本当に不器用で、目の前にある事象の一つずつにしか対処できない。

 今はただ、美桜を救いたくて。


『いずれ……こうなるのはわかっていた。キースのときもそうだった。同化の時間が長ければ長いほど、竜の力は身体に馴染んでいく。そうして混じり合って、最後には人間であったことさえ忘れてしまう。それでも、彼はドレグ・ルゴラを倒すことに執着した。君と同じ。大切なモノを失った悲しみや怒りが、全てを超越してしまったのだ。君は……まだ、心を残している。けれど、目の前の白い竜が美桜の心を残しているとは限らないのだぞ。君はそこまでして彼女を』


 ――そう。

 馬鹿げたことだって、みんな嗤うだろう。けど、俺は至って真剣に。

 ドンッと大きな音がした。ゴーレムがその大きな右手を、白い竜の首めがけて突き出していた。白い竜は身体を仰け反らせ、羽を大きく開いてかわす。怯まず崩れた校舎の壁をよじ登るゴーレム、剥き出しになった鉄筋などに構わず、白い竜を追う。

 白い竜は一度立ち止まり、体勢を整えて大きく息を吸い込む。ヤバい。思ったのも束の間、ガバッと口を開いた白い竜は、俺とゴーレムめがけて勢いよく火を吐いた。

 ゴーレムの足元が揺らぎ、炎が俺の顔面へ。硬い皮膚が炎を振り払い、俺はホッと胸を撫で下ろす。

 白い竜との距離が離れる。俺はゴーレムを飛び越えて白い竜に迫った。ぐるんと長い尾を振り回し、彼女は俺を払おうとする。更に体当たり、地面まで突き飛ばされ、大穴の寸前で止まる。間一髪で誰かが難を逃れているのを横目に、俺は再び飛び上がった。中庭に足を突っ込んで白い竜を殴りつけるゴーレム、それを嘲笑うかのように攻撃をかわし続ける白い竜。時に炎を吐き、時に大きく羽ばたいて埃を巻き上げ、殴り、尾で払う。竜となった俺よりも、ノエルの出したゴーレムよりもずっと大きな白い竜に、俺たちは苦戦した。

 攻撃を受ける度に凄まじい衝撃が身体中に走り、竜となっても互角ではないことを思い知らされる。

 強い。強すぎる。

 俺の体当たりなどではびくともしない。

 それは、ゴーレムを操っているノエルも感じているに違いなかった。召喚の傾向から言うに、ノエルは恐らくこれ以上大きな魔法生物を具現化できない。しかも、ゴーレムは術者のノエルからどんどん遠のき、そのコントロールすらままならなくなってきている。

 白い竜でさえこうなのだ。ということは、ドレグ・ルゴラは。考えると身震いする。ダメだ。今は目の前のことだけを。

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