一つの解決策として3

 と、ゴーレムの身体が結界に打ち付けられた。

 それまでひびが入る程度で持っていた結界が、とうとう破れだした。穴の空いた結界の向こう側には、坂の上の高級住宅地が見えていた。住宅の窓から、庭から、不安そうにこちらを見つめる人々がいる。

 結界を直さなくちゃ。結界の穴を正面にして両腕を突き出した途端、外から悲鳴が聞こえてきた。しまった。俺、竜に。


「凌! 私がやる!」


 どこかでディアナが叫んだ。

 光と共に結界の穴がどんどん塞がれ元に戻る。早い。


「悪いけど、さっさと片付けてくれないか? “表”で多くの魔法を同時に使い続けるのは辛い」


 辛いと言っておきながら、ディアナの力は全く弱まる気配を見せなかった。流石は塔の魔女。無尽蔵な力を持っているというのはあながち嘘じゃないらしい。

 穴が完全に塞がり、俺は安心して白い竜に身体を向けた。

 石製のゴーレムが炎を振り切り白い竜を追っている。校舎をどんどん崩しながら、白い竜に何度も手を伸ばす。その度に白い竜は攻撃をかわし、どんどん高度を上げていた。

 やがて完全に校舎から足が離れ、白い竜は空に浮く。

 この時を、待っていた。


――“白い竜の動きを封じよ”


 俺は魔法陣を展開させた。大丈夫、まだ魔法が使える。赤黒く光る巨大なリングが五つ、白い竜の身体を取り囲むようにして出現する。何が起きているのか、白い竜が事態を把握する前に、リングで巨体を――拘束した。自由を失い、羽さえリングに挟まれた白い竜は、急激に高度を下げた。

 今だ。

 頼む、陣!


「アシストって、こういうこと?!」


 困惑した陣が、竜石を積んだ車両の運転席に乗り込んだ。エンジンをかけ、落ちてくる白い竜の真下へ車体を滑り込ませる。

 当たり!

 流石、俺の言いたいことちゃんとわかってる!

 追加の魔法。


――“竜石よ、白い竜から力を全て奪い取れ!”


 山盛りの竜石の真上に、俺は大きな魔法陣を描いた。

 竜石が赤く光る。皓々と光る。

 その光が落ちてくる白い竜の身体を下から照らし、包み込んでいく。



 時が……、止まった。



 白い竜の身体は空中で静止し、赤く照らされ、徐々に分解されていった。

 光の粒となった細胞が数多の筋となって、竜石に向かい吸い込まれていく。

 膨れるだけ膨れて、それでも尚まだ肥大化を続けていた身体は、少しずつ輪郭を小さくした。

 小さな欠片でさえ十分に竜の力を吸い取るのだ、この量ならば存分に白い竜の力を吸い取れるに違いない。

 車両に積まれた石という石が光った。

 陣が運転席から飛び降り、頭を上げた。

 表情が明るい。両手を天に向けて差し出し、陣は何かを受け止めようとしている。

 白い竜は、急激に身体を小さくした。竜から竜人へ。徐々に、人間のシルエットが浮かび上がってくる。


「美桜!」


 陣が叫んだ。

 一糸纏わぬ美桜が居た。

 背中の羽と、長い尾、それから手足に鱗は少し残っていたけれど、確かにそれは美桜だった。

 時間が動き出す。

 美桜の身体を両手でしかと受け止めた陣が、彼女をそっと抱きかかえる。

 グッタリとしてはいるが、血の気はありそうだ。

 茶色の髪、白く柔らかな肌が戻って来ている。

 それぞれが戦いを止め、美桜の元に駆け寄った。芝山は武器を放り投げ、ノエルはゴーレムを光に戻した。裏の干渉者たちはホッとしたようにグラウンドにへたり込んだ。隠れて戦闘を見守っていたらしいモニカとケイト、須川も建物の影から飛び出してきて、一気に場が盛り上がっていた。

 半竜人よりも少しだけ人間に近い状態にまで元に戻った美桜が、ゆっくりと目を開けている。


 彼女の目に、俺はどのように映っているのだろうか。

 知らない竜が居ると、そう見えただろうか。

 彼女の心は戻っているのだろうか。

 自分のしたことを知っているのだろうか。

 彼女の力は消えたのだろうか。

 竜石はどの程度まで彼女の力を消したのだろうか。


 わからない。

 聞く術もない。



 もう、言葉すら話せなくなってしまった。



 黒い雲を透かして、ほんのりと日の光が差し込んでくる。けど、雲は晴れない。聖なる光の魔法で骸骨兵こそ這い上がることはなくなったが、大きく開いた穴の中からは黒い蒸気が絶え間なく立ち上っている。

 地面に降りて、仲間と喜び合うことなどできない。

 ただ遠目に、彼女が無事だとわかれば、それで。

 俺はゆっくりと向きを変え、グラウンドに空いた大きな穴の真上まで進んだ。

 気が付いたのはディアナだけだった。彼女は人の輪を抜け、穴の縁に立っていた。


『いいのか?』


 とテラ。

 何を今更。俺は頭の中で問いかけてくる相棒に言う。

 ディアナは俺の顔を見上げ、いつでも良いよと声に出さずにそう言った。

 意を決し、穴へ飛び込む。


「――凌!」


 誰かが叫んだ。


「ディアナ様! どうして凌を!」


 ディアナは何も答えない。

 彼女の放った魔法の光が凄まじい勢いで穴を塞いでいく。開きすぎてもう不可能だと思われたことを、やはり彼女はいとも簡単にこなしてしまうのだ。


 やがて俺の身体は全部穴に沈んだ。

 頭の上で穴は完全に閉じた。


 よかった。


 これでリアレイトに、これ以上黒い力が広まることもない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る