最後の2

「この世の終わりが訪れたような顔をしてケイトが泣きついてくる少し前に、私は美桜の変化に気が付いていた。もっと時間があったのなら、洞穴へ行き、グロリア・グレイに相談したかった。けれどもう事態は差し迫っていて、私には考える時間は微塵もなかった。『ドレグ・ルゴラの血を引く白い竜が目を覚ました』と、私はそれだけ皆に周知した。一刻も早く白い竜を倒さねばならない。そして、白い竜を裏で操るドレグ・ルゴラを封じなければ、二つの世界は壊れてしまう。……そのボロボロさ加減を見るに、お前も相当やられたな?」


 破れたシャツ、擦り傷に打撲で、確かに俺の見てくれは散々だった。

 まぁねと軽く相づちを打つと、ディアナは小さく笑って、


「お前はいつでもそうだ。常に限界値で、それでも前を向いている。お前を見ていると、私はまだまだ自分を捨ててはいないのではないかと思い知らされる」


 パチンと指を弾き、かと思うと、俺はまた彼女のデザインした救世主らしい服装へと着替えさせられていた。


「最後の餞別だ。凌、それにテラ……だったかな。力を合わせて白い竜を止めておくれ。これ以上の悲しみを増やさぬために」


 ディアナはそう言って振り返り、元の場所へ戻ろうとする。俺は慌てて彼女の腕を掴み、


「待って!」


 と声をかけた。ディアナはハッとして俺に訝しげな目を向ける。


「ディアナは、白い竜を殺せと言った。つまり美桜のことは見捨てろって、そういう意味だよな」


「……そうだ」


 ディアナの視線が若干泳いだ。


「美桜は何も知らなかった。自分に忌々しい竜の血が流れていることも、自分が原因で母親が殺されたことも、かの竜がいずれ美桜を利用して二つの世界を壊そうとしていることも。それでも、白い竜に姿を変えてしまったからには殺すしかないと、そう言ったんだよな」


「……そうだ」


「それって……、おかしくないか?」


 ディアナの右腕を掴む手に力が入る。彼女は俺の力を怖がって腕を引き剥がそうとしたが、俺は怯まなかった。怯んでいる場合ではなかった。


「姿形が特異だからって、白い竜を殺す理由にはならない。そういうことをこの世界の誰かが声高に叫んでいたら、こんな馬鹿げたことは起こらなかったはずだ」


 知らず知らずのうちに、声を荒げてしまっていた。

 魔法陣に目を向けていた能力者たちさえ、俺の言葉に反応してこちらに目を向けている。


「みんなと違うとか、自分だけだとか、努力してもどうにもならないことを差別の理由にされたら誰だって苦しむだろう? どんなに努力しても埋められない孤独に、かの竜は耐えられなかった。決して味方するわけじゃない。けれど、俺にはわかる。苦しみ、悲しみ、孤独、絶望。全てを負わされて尚、誰も助けてくれないことで彼は破壊という道を選んでしまった。歪むには歪むだけの理由があったんだ。俺だって一歩間違ってたら、同じことになっていた。元々目つきが悪くて人付き合いが苦手で、それだけで爪弾き者にされていた。いっそ孤独を決め込めば楽になると思っていながら、結局はコミュニティの中で生きていかなければならない重圧が、俺を追い詰めていた。人間とは違って、もっともっと長い時間を過ごす竜が同じことをされたなら、きっと比べものにならないほどたくさんの黒い感情を溜め込んでいったに違いない。時に優しい声をかけられたところで、疑心暗鬼になっていたら届きやしない。要らない存在だと言われ続けることの苦しみを誰かと分かち合うこともできず、かの竜は苦しむだけ苦しみ抜いた。そして、この世界を呑み込むほどの黒い感情を得てしまった。……繰り返しなんだよ。同じことの繰り返し。美桜にしていることも、結局は同じなんだ。禁忌の子だから殺せば良いだとか、白い竜に変化したから殺せば良いだとか、結局は排除しか選択肢になくて、当事者の気持ちだとか生き方、価値観、全てを否定しようとしている。だから繰り返す。それに気付かず、ただ殺せって言われて、はいそうですかと俺が二つ返事でこんな馬鹿げたことを引き受けると思ってたのか。救世主と呼ばれる存在になったからには言うことを聞いてもらいますよと、そういうご都合主義に嵌まるような人間だと思ってたのかよ!」


 俺は畳みかけるように言いまくった。

『最後の餞別』と彼女が話したように、俺もこれが最後のチャンスなのだと思った。ディアナに俺の気持ちを話す、最初で最後のチャンスなのだと。

 興奮していくのが自分にもわかった。感情が高ぶると竜の鱗が浮き出てくる。身体の隅々まで血液が循環して、更に竜化の速度が上がろうとするのを、理性で必死に押さえ込む。

 ディアナはそんな俺を、唇を真一文字にしてじっと見ている。本当は言い返したいことがあるだろうに、俺の言い分が全部終わるまで彼女はひたすら我慢しているようだった。

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