最後の3
俺のセリフの後に何分かの沈黙があり、俺とディアナは互いに食いしばり睨み合った。
拮抗していた力がバランスを崩し、ディアナの腕が俺の手から逃れたところで、彼女は長く細い息を吐いた。
「体制の中に組み込まれていると、冷静な判断ができない。変わらなければと思いながらも一番変われなかったのは私かもしれない」
俺に押さえられていた右腕を擦りながら、ディアナは目を逸らした。
「何かを変えなければと、苦しみ抜いた果てに誓ったはずなのに、私は何ひとつ変えることができなかった。……きっと、怖かったのだ。変わるということに対して、極度に恐怖していた。それを悟られまいとして、私は必死に自分を繕う。どれだけ着飾ったところで、私は単なる村娘に過ぎないというのに、とんだ背伸びをしていたモノだ。凌……、お前のように自分を正直にさらけ出せるなら、どれだけ良かったか。お前が心底羨ましい」
「……話題を変えるなよ、ディアナ」
「変えてるつもりはなかったのだけれど。困ったな……、まるで私が大事なことを隠してはぐらかしてるみたいに映るじゃないか」
三角帽子を目深に被り直し、彼女は居心地悪そうに肩をすぼめた。黒い肌に映える赤色は、彼女の弱い心を包み隠すための鎧だったのだろうか。彼女は時折、俺の前で悲しそうな顔をする。
「ひとつ……、聞いてもいい?」
もうこれが最後とばかりに、俺はずっと胸につかえていたことを口に出す。
「ディアナはかの竜と、――ドレグ・ルゴラとは懇意だったのか?」
ただでさえ静かな空間が、更に静かになった。
魔法陣に注がれる魔法が弱まり、その発動が危ぶまれるほどに、皆集中力を切らしてしまう。それほど衝撃的な質問を、俺はさらりと浴びせてしまう。
「どういう……、意味だ」
ディアナは眉間にしわ寄せ、俺を睨み付けていた。
「十三年前のあの日、ディアナ、あなたは男に化けたかの竜と対等に話していた。庇うとか庇えないとか――そういうセリフは、旧知の仲でなければ出てこない。だからずっと引っかかっていた。美幸の相手がかの竜の化身だと知っていて、あなたは彼を止めなかった。美幸を彼から遠ざけなかった。それってつまり……、なるべくして、こうなってしまったと。美桜を支え、ずっと秘密を隠し通してきたあなたは、ある意味彼女の保護者だったかもしれない。けれどそれは、もしかしたら単なる罪滅ぼしで」
「――止めろ!」
ディアナが叫んだ。
「違う! 断じて違う! 私は何もできなかった。男の正体を知ったところで、手も足も出なかった。私は私であり続けるために、必死に抵抗していたのだ。あの闇に呑まれぬようにするのが精一杯で、それ以上のことを、本当のことを美幸にどう話せばいいのか迷ってしまった。今でも考える。あのときの最善とは何だったのか。手遅れになってからどうこうしようとしても、元には戻らない。わかっていても、どうにもならないことが世の中には沢山ある。私には、かの竜を倒すことも、かの竜とまともに話し合うこともできなかった。それを……、お前は責めるというのか」
俺はゆっくりと首を横に振った。
「責めてない」
「だったら!」
「もしそうだったら、どうしようかと思っていた。疑って悪かった。かの竜の捻くれ具合は俺も知ってるから、その辺は安心して。伊達に殺されかかってない」
頭を軽く下げ、申し訳なく小さく笑うと、ディアナはこいつめ図ったなと、俺のことを鼻で笑った。
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