125.最後の

最後の1

 大きな魔法の力を感じていた。

 魔法を発動する前後には、独特の波動というものがある。それこそハッキリと感じるようになったのは最近になってからだが、そういうものが空気を伝って肌に届くのだ。そしてそれが攻撃魔法なのか補助魔法なのか、はたまた回復魔法なのかも、術者が発する波動で発動前に把握することができる。不意打ちするためにはこの波動をできるだけ発しないよう素早く魔法を発動させる必要があるし、大きく複雑な魔法を発動させようとすればそれだけ時間もかかるわけだから、魔法の存在を発動前に知られる可能性が大きくなる。

 広場の奥からは明らかにディアナのそれだとわかる気配がしていた。力強く優しい彼女の性格が全部乗っかったような波動だ。かなり大きな魔法の準備をしているらしい。

 ライルや市民部隊のメンバーたちが背中から大声で俺の名を呼び必死に止めようとしているのは知っていたが、俺はそれに構わず気配のする方向へ走った。

 白い塔の前に広がる広場のもっと先には、並木で囲われた石畳の場所がある。魔法の訓練だったりちょっとした式典だったり、そういうときに使う広い場所。そこに、ディアナの気配があった。

 広場には殆ど人気ひとけがなく、暗澹とした空気がいつも以上に漂っていた。空は相変わらずの曇天で、それでも今のリアレイトよりはずっとマシだった。普段はほぼ無風なのに、まるで空気が吸い取られるように広場の先に向かって風が吹いている。空気がゴッソリ動くほど大きな魔法だということなのだろうか。否応なしに胸が高鳴っていく。

 木々の合間を抜け石畳が視界に入る。

 部外者立ち入り禁止の結界が張ってあったのに、俺は気付かなかった。

 透明なガラス扉に思いっ切り真っ正面からぶち当たってしまったように、バンとはじき返されてすっ転んだ。ハッとして立ち上がっている隙にライルたちが近づいてくるのが見え、俺は慌てて体勢を立て直した。


――“結界よ、救世主たる我を受け入れよ”


 右手のひらを結界に当て、直接魔法陣を書き込んでいく。かなり硬い結界だったが、それに負けぬような強い魔力を注いだことで、どうにか魔法を実行できたらしい。結界の一部が扉状に切り取られ、そこから内部に入り込むことに成功した。俺が通り抜けた直後に魔法を解くと、結界は再び閉じた。直後に追いついたライルたちは、結界の前で歯がゆそうに肩で息をするのだった。

 灰色の石畳の上に、俺の足音が二つ三つ響いた。

 静寂の空間においては、些細な音さえ集中力を欠く原因となる。そこに居た誰もが顔を上げ、一斉に俺を見た。

 人垣の中に一際目立つ、真っ赤なマントと赤のとんがり帽子があった。ディアナだ。

 彼女もまた、俺を見つけるなり目を見開いていた。


「……凌。何故ここに」


 ディアナの声は石畳に反射して良く響いた。

 様々な色のローブを羽織った能力者たちがディアナと共に円陣を組み、石畳に描いた直径十メートルほどの巨大な魔法陣に力を注いでいる。魔法陣の美しい文様はディアナ独特の仕様で、レグル文字でギッシリと書き込まれた呪文も決して単純ではなかった。あまりに大きすぎて、ぱっと見で全部は読めないが、手前には“リアレイトへ転移”という文章が見える。


「結界を勝手に破った。どうしてもディアナに会わなければと思って」


 下唇を噛みつつ、頭を下げた。

 ディアナは俺が頭を上げるまでの間に円陣から抜けて側まで歩み寄って来ていて、もの悲しそうな顔で俺をじっと見つめていた。


「もっと直接的な表現で警鐘を鳴らすべきだったと、お前は思うか?」


 その場に居た二十人ほどの能力者たちは、俺たちから目を逸らして魔法陣へ魔法を注ぐことに専念し始める。もしかしたら俺たちに遠慮していたのかもしれないし、俺の存在を無視したかったのかもしれない。


「……どれが最良だったかなんて、俺にはわからないよ」


 俺は首を振って、長く息を吐いた。


「お前は優しいな。私を責めたい気持ちは人一倍だろうに」


 そびえ立つ白い塔と木々を背景に、ディアナは目を細めた。その表情は、過去を吐露したときに似ていた。


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