124.黒い記憶

黒い記憶1

 ふいに、視界に白い物がワッと迫った。

 瞬きしている間に身体が突き飛ばされ、俺は高速で結界に打ち付けられていた。結界は分厚いアクリル水槽のように宙にそびえ、しっかりとその役目を果たした。自分で張ったにしては頑丈なのが幸いした。お陰でどうにか学校の敷地内にとどまれたものの、もし結界がなかったらと考えるとゾッとする。

 竜は咆哮し、長い首の先をグラウンドに向けた。そこには大穴から這い出し続ける骸骨兵軍団と必死に戦う仲間たちの姿があった。


「クソッ!」


 大急ぎで結界の壁を蹴り、勢い付けて白い竜の真ん前まで飛んでいく。

 竜は身を屈め、羽を広げて今にも地面へ降り立とうとしているように見えた。


「間に合うかっ!」


 頭をフル回転させ、どの方法が一番効率的かを考える。

 物理攻撃してる場合じゃない。一刻も早く白い竜の興味をグラウンドから逸らさなくては。

 大穴の真上まで飛んだところで俺は一旦停止し、右手に力という力を集中させた。魔法陣なんて悠長なことしてる場合じゃない。――エネルギーボールだ。駆け出しの頃は小さな玉一つで精一杯だったが、覚醒し、能力の解放を果たし、竜の力を手に入れた今ならばもっと威力の大きな玉が出せるはず。


「何だあれ!」


 誰かが地面で叫んだ。


「デカい!」


「ひ……光ってる!」


 空に向けた手のひらの上に浮くようにして、一抱えほどの玉が錬成できていた。まるで恒星のように黄色く光る大きな玉。これだけデカければ何とかなるか。

 これを……、白い竜に向けて、放り――投げる!

 叫び声を上げながら、俺は必死に玉を放った。身体が勢いに負けて空中で半回転、逆方向に半回転戻して姿勢を直し、行く末を見守る。

 屋上から足を放し身体半分校舎から降りかけていた白い竜は、エネルギーボールを真っ正面から浴びた。玉が破裂すると、竜は校舎に身体を強く打ち付けた。轟音と共に外壁が崩れていく。

 ゴメン、美桜。思いながらも、足元の仲間たちに被害が及ばなかったことにホッとし胸を撫で下ろす――暇などなかった。

 竜は完全に俺の存在を認知した。

 大きく見開いた目で白い竜は俺を睨み、それからグンと足に力を入れて外壁を蹴飛ばした。勢い付けて滑空し、気付いたときにはもう――。


 それがどんな攻撃だったのか確認するまでもなく、俺は大穴の中へと叩き込まれた。


 色という色が消える。

 音という音が消える。


 生臭さと湿り気と、ねっとりした感触が全身を包み込む。


 どこかで誰かが俺の名前を呼んだ気がした。

 けれど既に音は消えていて、俺の耳に届くことはなかった。



 黒い湖の中へ突き落とされた。



 黒い水。ねっとりした水。

 二つの世界からこぼれ落ちたたくさんの悪意が溶け込んだ水。



 危険な水だ。

 この水は現実を曲解させる。

 こんな所に落ちたら、俺は――。





















・・・・・‥‥‥………‥‥‥・・・・・

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