黒い記憶2




















 微かに音が聞こえる。

 暗闇の中で、誰かが呟いている。


「……誰も居ない。どうして誰も助けてくれないの」


 小さな小さな、男の子の声。


「仲間はずれにしないで。お願い。僕も仲間に入れて」


 寂しそうに訴えるその声は、胸をチクチクと刺した。











・・・・・‥‥‥………‥‥‥・・・・・











 大きなクマのぬいぐるみがパンと割れた。

 中から綿が勢いよく噴き出し、床板の上に散らばった。

 色が戻った。しかし、暗すぎる。目を凝らしてやっとそういう光景なのだとわかる程度の暗さだ。


「な……、なんてことするのっ!」


 女性が声を荒げる。


「違うの。遊ぼうと思ったの」


 女の子が困ったように言う。


「優しい遊びは? こんなの遊びじゃない。傷つけたり、壊したりするのはダメ。大切に扱わなきゃダメだって何度も」


「でもね、クマちゃんと遊ぼうと思ったの。クマちゃんも遊ぼうって言ってたよ」


 若い女性が、自分の娘らしき幼い少女に必死に言い聞かせている。

 古びたアパートの一室。日本じゃない。家具にも窓の外に見える景色にも、妙に既視感がある。


「魔法は、幸せになるために使うものよ。わかる?」


「わかるよ。だから、クマちゃんも楽しくなるかなって思って」


 女性は首を横に振った。


「楽しくないよ、こんなの。壊れたら元に戻らないんだよ?」


「ママがチクチクして?」


「チクチクは無理。チクチクしたって、元のクマちゃんには戻れない。大事なことだよ」


 女性が屈んで少女に訴えると、その子は急に泣き始めた。女性がギュッと少女を抱きしめると、その子は一層声を大きくして泣いていた。











・・・・・‥‥‥………‥‥‥・・・・・











「強大な力を得れば、皆は僕を認めますかね?」


 また画面が暗転し、声だけが響く。

 しっかりとした青年の声。どこか聞き覚えがある。


「力というのは持っているだけでは意味がない。誰かの役に立ってこそ認められるもの。そこを勘違いしてはいけない」


 年老いた男が青年を諭すように言った。


「けれど、どの方法を採っても、僕は誰にも受け入れてもらえなかった。他に手段がないのです。誰にも存在を認められず、価値も認められないというのがどれほど辛いか、おきなにはわからないでしょう。苦しんで苦しんで苦しみ抜いて、それでも何の救いもない。となれば、もう方法はひとつしかない。つまり、認めさせるということです。心を外部から変えるのは難しい。だから、内部から自発的に僕のことを認めさせる必要が出てくる。そのために僕は、力が欲しい」


「危険思想だ。即刻裁かねばならない」


「危険? どこがですか。では、僕の存在をなかったことにしようとする彼らの思想は危険ではないと? 皆がおかしいのか、僕がおかしいのか。皆は僕がおかしいと言うのでしょうね。大多数がそう言えば、少数の言葉は消し去られる。どの世界でも同じだ。だから話し合いなんて意味がない。不要なんです。最初から結論の決まっていることを話し合いとは言わない」


「……追い詰めた責任は感じている。考え直してはくれないか」


おきなには感謝しています。僕と唯一会話をしてくれた。けれど、孤独はあまりにも大きすぎた。限界なのです」











・・・・・‥‥‥………‥‥‥・・・・・











 唇を重ね、肌を撫で合う。荒い息づかいが耳に響く。


「ねぇ……、これ、何ですか。身体が、身体が熱い」


 それは明らかに、そういう現場だった。未だ年端のいかない少女と、彼女に身体を重ねる男の姿が目に入った。

 くたびれた部屋の一角、ギシギシとベッドが軋み、少女は何度も甘い声を漏らしている。


「大丈夫。君が一人にならないための儀式だから」


 抵抗することもできず、されるがまま男を受け入れる彼女は、その行為自体の意味を知っているのだろうか。


「君と僕が繋がることで、君は孤独から解放される。大丈夫。君は幸せを手に入れるのだから」


 男の口がニヤリと不敵に笑った。










・・・・・‥‥‥………‥‥‥・・・・・

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