非情な現実4

 竜は更に肥大化していた。それが一人の少女だったなんてわからないくらい巨大な――最早校舎とほぼ同じくらいの大きさまでに膨れあがり、鱗は堅く、爪は鋭く、尾は太く、鋭い牙と立派な羽を持った成竜となってしまっていた。

 俺はその身体に沿うようにして竜の目線の高さまで飛んだ。無駄かもしれないと思いつつも、もしかしてという一縷の望みに賭けたかった。

 俺の身体よりも大きな瞳が、ギョロリとこちらに向く。沈んでいく夕日を暗くしたようなオレンジの虹彩に、俺の姿がくっきりと映っていた。

 白い竜は俺を見つけるなり大きく瞬きし、フンと大きく鼻で息をした。その風圧で煽られ飛ばされそうになるのを必死に堪え、体勢を整えてから意を決して声を上げる。


「美桜! 俺だ! 聞こえるか!」


 できるだけ大きな声量に努めたが反応がない。

 まさかあのオーガたちのように人語が理解できなくなっているわけじゃと不安がよぎる。


「美桜!」


 もう一度声をかけると、今度は聞こえたらしく、白い竜はピタリと動きを止めた。


「美桜、落ち着け! 君はかの竜とは違う。言葉に踊らされるな」


 言ってみたが、白い竜は何も言わない。

 ……もしかして、鎧のせいで俺が誰だかわからない? オーガとの戦いで鎧を着込んだことを思い出し、取り急ぎ兜を脱ぎ捨てた。


「俺だよ、凌! 来澄凌! 竜と同化しようと俺は俺であるように、白い竜になろうと美桜は美桜のはずだろ? 落ち着け! 気をしっかり持つんだ!」


 どうにかして白い竜を止めなければ。その一心で放った言葉だったのに、言葉が言葉として機能しなくなると、それはただの雑音でしかないらしい。

 白い竜はガバッと口を開け、大きく息を吸い込み――吐き出した。

 炎の混じった息を突然真っ正面から浴びせられる。咄嗟に盾で避け、加えてシールド魔法。間に合わず、羽の一部が焼け焦げる。刺すような痛み。

 結界にぶつかった炎がジュッと吸い込まれるようにして消えるのが見え、万が一のことを考えて正解だったとホッとする。

 これ以上真っ正面から挑むのは危険だ。俺は高度を下げ、距離を取った。ところが白い竜は、俺の姿を追うようにして首を曲げ、身体までもゆっくりと動かし始めた。


『白い竜が言葉を理解していないとは思えない。何かがおかしい』


 頭の中でテラが唸った。


「というと?」


『凌を凌として認識はしているが、君の言葉を理解しないようにしているとしか思えない。案外竜は耳が良い。だから聞こえないということはないはずだ。まして元々人間として暮らしていたのだから、急に言葉がわからなくなるなんて不自然だ。竜はそんじょそこらの魔物とは全然違う。一度言葉を覚えた竜がそれを忘れるなんてことは、先ずない』


「じゃあなんで美桜は俺に攻撃を? 俺を敵と見なしてるからだろ?」


『美桜が……妙なことを言っていたな。“誰かが、私の中で”とか何とか』


「言った。『世界を滅ぼす白い竜』だとか『“悪魔”を呼び寄せた』だとか」


『つまり、私が考えるに、彼女は操られている』


「操られてる? 誰に?」


『わかっているだろう、他でもない、――ドレグ・ルゴラに』


 まさか。

 思うよりも先に、全身に鳥肌が立った。


「ここは“表”だぜ? そんなこと、あるわけ」


 半笑いの俺に、テラが追い打ちをかける。


『ここがどこだろうが関係ない。元々かの竜には“表”も“裏”もないのだから。それに、あれだけの大穴が空いた今、かの竜が自在に“こちら”で動いても不思議ではなかろう』


 考えたくはない。

 考えたくはないが、現実はそうさせてくれない。

 絶対に起きては欲しくなかった未来が、目の前に広がっていた。

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