白い竜3

『私は反対だ』


 テラは言う。


『言葉には力がある。今ここで全てを話してしまえば、きっともっと悪い方向に転がっていく。今はじっと堪えろ。無理ならば、私が』


 言わない方が、いい……?


『自分の秘密を、自分の知らないところで知らされたらどう思う? 美桜は自分のことを何も知らない。君が話せば彼女は深く傷つくだろう』


 それは……嫌だ。

 彼女を悲しませるわけにはいかない。

 俺は迷いを断ち切るように、強く頭を左右に振ってから、ノエルに顔を向けた。


「当たっていたとしても、俺は何も言わない。ノエルが言うように、隠していることはいくつかある。けれど、それを暴露すれば全てが解決するとは思わない。隠すべきだから隠している。そう思って差し支えない」


 言うと、ノエルは酷く不快な顔をした。

 申し訳ないが、これ以上の回答は出せないと、心の中で謝っておく。

 それからゆっくりと倒れたままの美桜の側まで歩み寄り、俺は側で膝を折った。

 白い鱗で覆われた肌は、彼女のきめ細かく柔らかな腕を、すっかりと硬くしてしまっていた。

 呼吸は荒く、未だ熱っぽい。

 俺がテラを中に取り込んで身体を変化させるのとは違って、美桜の場合は身体の細胞が徐々に竜に置き換わっていると表現するのが妥当に違いない。様子がおかしいのは、彼女の身体が戦っているからだ。

 もどかしさというものはある。

 俺がどうにかできれば。

 俺がどうにかすれば。

 けれど、救世主だなんて肩書きだけで、俺には何一つしてやれることができない。

 背中を擦ると、尚更ゴツゴツした感触がハッキリとした。

 彼女はこのまま竜になってしまうのだろうか。しかも、世界を震撼させる白い竜に。

 ディアナがケイトから話を聞いて、何もしないわけはない。きっと何か対策を練っているはずだ。ここからじゃ遠すぎてわからないのが心細いところではあるけれど。


「凌……」


 うわごとのように美桜が俺の名を呼んだ。

 俺は咄嗟に口元に耳を寄せる。


「言っても、いいよ」


 吐息が熱い。

 振り絞るような美桜の声に、胸が痛くなる。


「言ってもいいって、何が?」


 俺は恐る恐る、彼女の顔を覗き込んだ。

 瞳の色が変わっている。茶色に青を少し足したような独特の色が、オレンジに赤を足したような色に変わっている。

 横に割け、牙がむき出しになった彼女の唇が、恐ろしい言葉を紡いだ。


「私が、白い竜だってこと」


 耳を、疑う。

 美桜。君は何を。


「誰かが、私の中で言った。『君こそが世界を滅ぼす白い竜だ』って。『君が“悪魔”を呼び寄せた』とも。そう……なんでしょ。凌は知ってて、私を庇っていた。学校にゲートがたくさんできるのも、マンションに大穴が空いたのも、私が白い竜だから。私がただの干渉者じゃなくて、白い竜だから、おかしなことがたくさん起きる。凌は優しすぎる。全部隠して、私のことを庇って。凌のせいでもシンのせいでもない。私が、私の存在が全部悪い」


 半端に竜化した身体をおもむろに起こしながら、美桜は自分を諭すようにそう話した。

 白い鱗に覆われた部分は肥大化し、制服はところどころが破れていた。上半身は特にボロボロで、服を着ていると言うよりは、一部貼り付いているという程度。乳房さえ、硬い皮膚に覆われて見る影もない。

 美しさに定評のある美桜の面影が消えていく。

 俺も人のことを言えた義理じゃないが、美桜の姿はまるで、白い、悪魔。

 芝山も須川も、モニカもノエルもケイトも、一様に恐怖している。

 美桜の目が、周囲をグルッと見まわした。自分を恐れる仲間たちに、彼女は何を思っているだろう。

 竜化は止まらない。

 徐々に徐々に、美桜を完全なる白い竜へと変化へんげさせていく。


「殺せば……いいんじゃないかな。私のこと、殺してしまえばいいんじゃないかな」


 美桜にあるまじき言葉が、彼女の口から突いて出た。


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