白い竜2
「私たちは誰も、気付くことができませんでした。かの竜がまさか、美桜様の身体の中に入り込んでいたなんて。そんな気配は全く」
顔を覆ってモニカが弁明する。
違う、と俺は首を振る。
「完全に竜化してしまう前に――……てしまえば、なんて。言わないよな、来澄」
芝山が後ろで力なく言った。
また俺は首を振る。
「わからないぜ。目的を果たすためには何だってするようなヤツだ。感情が抑えきれずに暴走気味になったことも何度もある。今だって、何を考えてるんだか」
ノエルが部室の隅で全てを俯瞰するように言った。
そうか。
そういう解釈か。
けど、残念。そうじゃない。問題はもっと奥深い。
「ディアナはこのことを?」
尋ねると、
「はい。先ほど、一旦戻って報告を」
とケイト。
「ディアナは何て?」
「はい。竜石を使ってみよと……、救世主様方がお採りになった石を私に」
こぶし大の赤い石を、彼女はそっと俺に見せる。
竜の力を閉じ込めるという石には、既にかなりの力が吸い込まれていた。赤々と燃えるように光っているのがその証。普通の竜の力を吸い取るだけなら、十分すぎる大きさではあるが。
気休めだ。
当然ディアナも知っていて、わざと竜石を預けたのだ。
「同化解除の魔法も試しました。姿を戻す魔法も。しかし、全く効果はなく」
「――だろうな」
口が、引きつった。
「そんな小手先の魔法じゃ効果は出ない。俺みたいに竜が身体に入り込んでいるのならどうにかなるのもしれないが、美桜にはそんなもの通用しない。無理なんだよ。こうなってしまったら、戻す方法なんて存在しない。つまりは俺が、どうにかするしかないってことだ。ヤツはそれを望んだ。全部、ヤツの思惑通り。気付いていながらどうにもできなかった。救いなんて、どこにもなかったというわけだ」
「どういう意味?」
須川が真っ赤に腫れた目を向けてくる。
「来澄は何か知ってるのか?」
芝山も聞く。
「まさか救世主様、私たちに隠しごとを?」
モニカは不安そうな顔をするが、ノエルはひとり平然と椅子に腰掛けたまま、アゴを突き上げて俺を睨んできた。
「モニカはコイツが隠しごとだらけなの、知らなかったのかよ。リョウは本当に知らせたくないことは一言も喋らない。常に何かを隠しながらオレたちと共に戦ってきたわけだ。それがどういう内容の秘密なのかは知らなかったけど、そうか。“裏”でも特別視されているミオの正体を、リョウは知ってたってわけか」
「しょ……、正体? 何それ。ただの干渉者じゃないの?」
半笑いの須川。美桜と俺を見比べて、何度も首を傾げている。
「ただの干渉者なら、ディアナ様が気にかけるはずがない。変だと思ってたんだ。いくら小さい頃から行き来してたとはいえ、他の干渉者とはまるで扱いが違うこと。普通の干渉者とは違い、塔にも協会にも出入り自由。市民部隊だって、彼女を特別に扱う。どれだけの人間が秘密を共有していたのかは知らないけど、確実にリョウは知っていた。知ってて、全部隠してた。それがとうとう緩んだってことは、つまり、ミオの秘密を知ってるってことだろ。――当たった?」
聞かれて俺は、ノエルを直視できなかった。
何一つ間違っていなかったから。
そう。俺はそういう男だ。
平気で隠しごとをする。誰にも喋らないと固く誓う。それが例え、誰かを傷つけることになったとしても、それで平穏に過ごせるならと。
外では雷鳴が響き始めていた。
時空の狭間から立ち上る黒いもやに空が覆われ、太陽の光はすっかりと遮られていた。
空気は淀み、生温く、生臭い。
グラウンドにぽっかりと空いた大穴によって“時空の狭間”と一続きになってしまった空間は、“表”でありがながら“表”ではない異空間になりつつあった。
窓の外から魔法を打つ音が聞こえる。
陣はその後どうしただろうか。
俺が全てを話してしまうことに同意してくれるだろうか。
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