穴4

 三階からグラウンドに降りてくるときは造作なかったが、戻るとなると一苦労。飛び上がるにはやはり、一部竜化して羽を生やすしかなさそうだ。

 背中に力を入れ、竜の羽をイメージする。めきめきと音を出して羽を生やし、大きく開いたところで思いっ切り地面を蹴っ飛ばす。グンと身体が大きく浮遊して、木々を越え、三階の窓まで辿り着く。

 バサバサと何度か羽ばたいて高度を調整し、窓枠に手をかけると、俺の影に気が付いた芝山がいち早く反応した。


「来澄!」


 羽を畳んで窓枠から中に入る。

 モニカとケイト、須川の三人が、わざとらしく俺の視界から美桜を隠した。


「だ……、ダメだ。来澄。君は来ちゃダメだ」


 芝山が体当たりし、俺を無理やり窓の外へ押し出そうとする。小さな芝山の身体が当たったところで、俺の身体はびくともしない。それなのに芝山は、必死に俺を追い出そうとぶつかり続けた。


「お願いだ。ここから出てくれ。敵は外に居る。戦うべきはそっちの」


 モニカたちの様子もおかしい。

 美桜の身体を覆うようにして、何かを隠している。


「何を隠してる」


 俺はあくまで冷静に尋ねたつもりだった。

 だのに彼女らは、やたらと俺を怖がった。

 青ざめた顔をして、俺に怯え、俺から必死に美桜を隠し続けた。


「美桜に何かあったのか?」


 彼女らは一様に、この世が終わったような顔をして首を横に振る。


「きゅ、救世主様。ここは私が何とかしますから。お願いです。お戻りください」


 従順なはずのモニカが、俺を拒んでいる。


「お願い、お願いだから見ないで……!」


 須川が泣きじゃくっている。


「外では救世主様の力を必要としているはず。この場はどうか私たちにお任せを」


 ケイトの顔も青い。

 全員が全員、怪しすぎる。

 何故そこまでして美桜を、俺の視界から遠ざけなければいけない?

 理由があるとしたら、彼女は熱を出して、その後――……、どうなったかだ。


「まさか、容態が急変して死――」


「いいえ。大丈夫。彼女は未だ生きています」


 首を振るモニカ。


「で、ですが、お見せできるような状態ではなくて」


「……どういう意味?」


 合点がいかなかった。

 俺は芝山をはね除け、ズンズンと前に進んだ。

 モニカたちは益々俺から美桜を隠そうとする。身体に覆い被さり、大事なモノを守るようにして俺から遠ざけようとする。

 一番手前に居るモニカの腕を、俺は鷲掴みにした。抵抗していたのに、無理やり立たせて引き剥がして。

 室内は暗かった。

 電気を消していたのもあったが、ガラスがひび割れて、まるで曇りガラスのようになって光を遮断していたのも一因のようだった。

 曇天模様の空も、光を遮っていた。

 本来あるべき光という光が弱まって、美桜の身体を隠しているようにしか思えなかった。

 モニカは俺にぶん投げられたにもかかわらず、また美桜の元へ駆け寄った。ケイトも、須川も、なかなか俺に美桜の姿を見せようとしない。

 おかしい。

 俺は二つの世界を救うはずなのに、何故だろう。悪者になってしまったような、変な感覚だ。

 どうして俺から美桜を隠さねばならない?

 どうして怯えた目で俺を見る?


「ダメなのです。見てはいけません。見てしまったらきっと――……」


 ふと、床に目を落とした。

 三人が必死に隠している美桜の輪郭を、ゆっくりと目で辿る。

 彼女たちが必死に隠しているのは何だ。彼女の身体事態に何かしら変化があったということなのだろうか。

 長い髪の毛が床に広がっている。桃色縁の眼鏡が床に転げている。夏スカートのヒダ、転がる上履き。肝心の本体は見えない。

 けれど一つだけ、気になる物が目に入った。

 何かの装飾品だろうか。こんなもの、あっただろうか。

 そっと手を差し伸べ触ろうとすると、須川が目一杯叫んだ。


「ダメ! 凌! それは芳野さんの――!」


 長く白い尾のような物が、ピクリと波打った。

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