穴3
――愕然とした。
穴からは無数の骸骨兵。骸骨の騎馬兵や骸骨の魔法使い。不死系の魔物が団体で穴から這い出してくる。穴の周囲のどこからでもヤツらは現れ、次々に生徒を襲い始めている。逃げ惑う人々。泣き叫び、助けを求め、そして捕まる。
こんな同時多発的に現れたんじゃ、攻撃のしようもない。
両手剣を構え直しては見るものの、通常攻撃は通用しないことを思い出した。倒れても倒れても、ヤツらは立ち上がるのだ。
日の光を嫌うアンデッドが昼前から学校に現れる。巨大な穴がそうさせているのか。
違う。
曇天だ。
しかも、普通の曇天じゃない。レグルノーラと同じ、黒い雲。
黒い湖から蒸発した黒い蒸気が空を覆い尽くし、日の光を遮っていた――それと同じことが、“表”で起きている。
薄暗くなった“表”で、アンデッドの群れは勢いを成してしまった。
今までいろんな敵と戦ってきたが、これは……、これほどの絶望は……。
『いよいよ始まったのかもしれない』
テラは言った。
『恐れていたことが現実になってしまった。全て、間に合わなかったのだ』
それって、いつか言っていた『“表”と“裏”の区別が付かなくなる』とかいう……。
『そう。かの竜だけは「混沌を見てみたい」と。興味の赴くままに全てを滅茶苦茶にするつもりなのかもしれない。ヤバいぞ。“表”で戦える人数が少なすぎる。“裏”ならば市民部隊も居る、竜も居る。が、この状況では……』
けど。
やるしか、ない。
「聖なる光が必要だ」
ギリリと歯を鳴らし、俺は三階の部室を見上げた。陣と芝山の姿が見える。
「陣! 力を貸せ!」
大声で叫ぶと、陣が気付いて半身を乗り出した。
「ちょ、ちょっと待って。それどころじゃ」
陣は室内とこちらを何度か見比べ、それから、
「わかった、行く!」
と大声で返してきた。
俺と同じように窓から飛び出し、グラウンドに降りると、陣は酷く焦ったような顔で駆けつけた。
「聖なる光。ヤツらを砕くにはそれしかない。陣、頼むぜ」
美桜の部屋で骸骨兵と戦ったとき、聖なる光を宿した斧で骨を砕きまくったことを思い出したのだ。あの魔法は、残念ながら俺には操れない。一部の人間にしか操ることのできない神秘的な力らしい。邪念があれば使いこなせない難しい力。今はそれに頼るしかない。
「……わかった。得意じゃない魔法を必要にされるのは微妙だが、モニカは頼れないし、確かにこの状況ではそれしかできなさそうだ」
陣は渋々魔法陣を描きだした。
それに気付いたルークが、自分もと同じ銀色の魔法陣を描いていく。
「私も、少々操れます。しかし、モニカほどではありませんが」
レグル文字を並べた几帳面な魔法陣が二つ、宙に描かれる。俺の両手剣、レオの長剣、ジョーの銃が、キラキラと銀色に光り出した。
「サンクス!」
聖なる光の魔法を帯びた両手剣は、振るえば振るうほど骸骨兵を砕いていく。
骸骨に腕を掴まれ泣き叫ぶ女子を見つけては、骸骨の腕を断ち解放し、骸骨に囲まれて逃げ場を失った男子数人を見つけては彼らの前で骸骨兵をたたき割った。レオはスマートにザクザクと敵をなぎ倒し、ジョーは抜群のコントロールで骸骨兵の頭蓋骨を射貫いていく。魔法が途切れそうになる度に、陣とルークが交替で魔法を注ぎ、俺たちはその力が消えぬウチにとまた剣を振るう。
しかし、キリがない。
俺たちの体力が持つのか、それとも陣とルークの魔力が持つのか。どちらかが尽きてしまえば全てが終わってしまうという危うさの中で戦い続けた。
少しずつ、陣の魔法が途切れ始める。ルークが三人分の魔法をかけるようになってきて、俺はようやく陣の異変に気が付いた。やたらと三階の部室を気にしている。何度も部室を見上げてはぼんやりと魔法陣の前に突っ立っている。
そういえば、陣が何かを言おうとしていた。モニカは頼れない、そう言った後で何か付け加えようとしてグッと堪えていた。
俺は一旦手を止めて、陣に側に駆け寄った。
「おい。大丈夫か。何を気にしてる」
陣はビクッと身体を揺らし、二、三歩後退った。
「りょ、凌か。びっくりした。な、何でもない。集中力が続かなくて」
明らかに陣は動揺していた。意識は部室の方に向いているらしく、そちらの方にやたら眼球を動かしている。
「美桜に何かあったのか」
顔を覗き込むと、陣はあからさまに視線を逸らした。
「も、モニカとケイトが居る。僕たちは戦いに集中を」
その顔は、いつもと違いすぎた。
陣が、ジークがこんなに動揺するってことは、何か言葉にできないことが起きてるってこと。
「言えないなら、見に行くしかない」
俺はギリリと奥歯を噛んだ。
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