穴2
「現実とは時に残酷だ」
そいつは鋭い眼光を俺に向け、ケタケタと笑った。
「何も知らない人間にとって、唐突に起こる予測外の出来事ほど恐ろしいものはない。自然災害も、事故も、予測ができないからこそ恐ろしいのであって、それを予測できていた、または予告されていた人間からしたら、何故防げなかったのだろうという慚愧の念がそれを上回る。つまりな、来澄。俺は予告した。お前らは防げなかった。今、心の中にある感情は、とても綺麗なものではないだろう。恨むなら、自分の仲間と不甲斐ない自分を恨め」
「古賀……、明」
俺が名を呼ぶと、古賀はまたケタケタと声を出して笑った。
黒く日に焼けた顔が、白い歯をやたらと引き立たせていた。
「額に変な石くっつけて、“裏”からお供まで従えて、救世主気取りか? あのまま戻ってこなければ良かったものを。わざわざ自分から地獄を見に来るとは。本当に愚かなヤツだ」
ザザッと後方で足音が幾つか聞こえる。レオたち裏の干渉者三人が、姿を消すでもなくそこに立っていた。
「救世主殿、其奴は」
レオが小さい声で聞く。
「半竜人。かの竜の使い」
俺は要点だけ答える。
「半竜人……? まさか」
ルークとジョーが驚いている。
「例え“裏”きっての能力者たちを集めたとしても、これだけ大きく空いた穴を塞ぐのはまず不可能だろうな。大きく開いた穴の中からは何が出てくる……? お前らはどうやって
挑発とも取れる古賀の言葉にカチンときたジョーが、一歩前に出て魔法陣を描こうとするのを、俺はサッと制止した。何故と凄まれたが、理由を話している場合ではないのだ。
「他のゲートは“
俺の言葉に、古賀はまたケケケと笑う。
「そう。良い時間稼ぎだった。学校の広い敷地にこれだけ大きな穴が空いたらどうなると思う? 他の小さな穴も釣られて大きくなる。今まで大勢で何とか塞いでいた穴も、塞ぐことすら難しくなる。穴は大きくしなければならない。大きければ大きいほど面白い。見えるか? 黒いもやが立ちこめるのを。黒い感情の詰まったもやを吸い込めば、どんな人間も黒く染まる。黒く染まった後に――何が起こるのか。考えるだけで面白いとは思わないか」
どんな人間も。
黒く。
それってつまり。
ハッとして周囲を見渡す。
グラウンドには数十人。いろんな部活の人間が、いろんなユニフォームを着て立っている。
教室にもたくさんの人間がいる。補習中のヤツらだ。
怪我をしてる人間もいるだろう。気を失ってるヤツ、手当てしてるヤツ、警察や消防に連絡してるヤツ、グラウンドから離れたところに居て全然気付いてないヤツ。
日常の風景が一変して頭の中で整理しきれていない一般人が、もしこの真っ黒なもやに呑み込まれたら。
須川を思い出す。
突然手に入れた力で彼女は狂った。自分の感情を押し殺すことなく、むき出しにして襲ってきた。
黒い感情は誰にでもある。それをどれだけコントロールして生きているか。
コントロールを失ったら。
感情の赴くままに動いてしまったら。
考えなくても。
どうなるかってことくらい。
「――……ちっくしょぉぉおおぉおおおお!!!!」
叫びながら俺は、自分の手の中に両手剣を出現させ、握りしめたまま走っていた。
許せない。
古賀。いや、コイツの中に入り込んだリザードマンが。
人間の形をしただけの魔物だ。
罪のない人間を。何のためにこんな。こんなことに。
「フハハハッ!! 残念だが、お前の相手は俺じゃない」
両手のひらをこちらに向けて、おどけたように古賀は言った。
「コイツらだ」
剣を振り上げようとした瞬間に、古賀の姿が黒いもやと化してフッと消えた。
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