標的3

 ……何を、言い出す。



『ヤツは私と同じようなことをしようと思ったのだろう。人間と竜が同化すれば、面白いことが起きると学習した。だが、その人間の選別には手間取っていた。様々な方法を採ろうとした。もしかしたら、美幸に近づいて子どもを産ませたのも、一つの試みだったのかもしれない。が、上手くはいかなかった。君が阻止したからだ。ヤツは君に興味を持った。金色竜をあるじに持つ君は、竜との同化に耐性がある。それどころか、魔力も十分だし、体力もそこそこにある。かの竜が何に執着しているのか、私も色々考えた。君が魔法を阻止したこと、私がかの竜と同じ場所で育ったこと、何度も何度も邪魔をしたこと。しかし、どれも説得力に欠けていた。一人の干渉者に固執するには理由が弱すぎる。もっと強く、執着する理由があるはずだと探り続けていた。やっとわかった。ヤツはキースの身体を奪って、彼の姿に化けることを覚えた。次は君だ。かの竜は君の無尽蔵な魔力と体力を欲した。そして君を新たな器にしようと――』



「嘘、だろ」


 意識を戻す。

 感覚がハッキリと戻って、自分の意思で拳を握りしめていることに気が付く。

 肩で息をして、自分の目で物を捉えている。

 自分の身体が自分の物ではないという感覚そのものに慣れたわけじゃない。手段の一つとして、そうせざるを得なかったからそうしていたまでで。

 テラだから身体を貸した。

 誰でも良いってわけじゃない。

 同化は信頼と尊敬の間で成り立つ。

 奪えば良いってもんじゃない。

 もし今の話が本当だったとして。かの竜の目的がそんなんだったとしたら俺は。俺は一体どうすれば。


「大……丈夫か、凌」


 陣が肩を叩いた。

 俺は咄嗟にその手を後ろ手に振り払っていた。手がバシッと陣の胸に当たり、よろよろと陣がふらついて誰かにぶつかるのが見えた。

 しまった。変な力が入ってしまった。謝らなくちゃ。


「わ……、悪い。ちょっと力加減が」


 振り返った顔に、皆がざわつく。

 追い詰められたような、絶望の先に居るような、きっとそんな顔をしていたに違いない。


『誰にも言うな』


 テラが口止めする。

 当たり前だ。こんなこと、言えるか。


『そして、悟られるな。君の精神が崩壊することをかの竜は望んでいる。空っぽになれば入り込みやすくなるからだ。勿論、私は断固抵抗するが、力量が違いすぎる。君を守りきれるかどうか。まずは君が気をしっかり持って、隙を作らないようにしなければならない』


 わかってるよ。

 改めて言われなくても、そんなことくらい。

 わかってるのに、どうして。どうして奥歯が噛み合わない。


「凌に戻ってる?」


 ノエルが言う。俺はうなずく。


「様子、おかしいけど大丈夫かよ」


「何でもない。ちょっと目眩が」


 目眩どころじゃない。

 本当は絶望で逃げ出したくて。

 けど、逃げたら死ぬ。

 ディアナのかけた呪いで、俺は即座に死んでしまう。

 逃げずに立ち向かえば? 

 俺は竜石と共に命をしてかの竜を封じる覚悟だった。けど、このままでは。

 俺は、俺の身体はいずれ世界を滅亡させるために利用されてしまう。

 封印なんて甘っちょろい真似は選択肢から消えた。

 かの竜を完全に消滅させるしか、二つの世界を救う方法がなくなってしまったってことだ。

 死ぬより、存在が消えるより、俺はそっちの方がずっと。


「……取り乱してしまって申し訳ない」


 俺は無理やり笑顔を作って見せた。


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