標的2

「キャンプにかの竜の化身が潜んでいたというのは、本当なのか」


 レオの表情がさっきより硬くなっている。

 俺は強くうなずいて、


「誰にも気付かれず紛れ込む。かの竜は自分の気配さえ自由に操れるのだ。人間に興味を持ち、なりきることを楽しんでいた。いつまでバレないで居られるか、面白がっていたのだ。見破られたことが癪に障ったのだろう。わからないでもない」


 迷うことなく言い切るテラの話し方には説得力がある。

 本当の、時空嵐の先での出来事をどうにか回避した。あれだけは絶対に、最後の最後が来ても口には出せない。


「そして何より、かの竜は私が嫌いだ。何度も何度もあるじを変えては立ち向かい、終いには砂漠の果て、黒い湖に封印したのだから良く思うはずはない。金色竜を従えた凌は、恰好の標的となったわけだ」


 そこまで言うと、どうにかこうにか辻褄も合う。

 ようやく途切れていた部分が繋がったとばかりに、それぞれが納得の表情で頷いているように見える。

 しかし、気になるのは美桜だ。一人だけ何かを抱えるように、相変わらず暗い顔をしている。

 昨晩の『死なないで』もそうだが、彼女なりに俺の内に秘めた気持ちを知ってしまっているのだろうか。それとも、別の何かに感づいてしまっているのか。


「『誰にも気付かれないのを』とは言うけれど、キャンプで彼は結構目立っていたような」


 芝山は独りごちた。


「目立つ? どんな風に?」


 レオが聞く。


「上から下まで真っ黒な出で立ちで、ああいう格好をしている人間は他にいなかった。ボクは以前帆船を譲って貰った経緯があるから普通に話せたけど、溶け込むというよりは悪目立ちしているような感じだったな。けど、キャンプの連中とは普通にコミュニケーションを取っていたし、皆彼を普通に扱っていた。だから、ボクの思い過ごしだと」


「真っ黒?」


 ケイトが聞き返す。


「そう、真っ黒。全身真っ黒で、人の良さそうな糸目の。キースって名前で」


 突然、心音が激しく響いた。


 驚いてるのは俺じゃない。テラ。

 キースの名前が出たところで、急に動揺し始めた。

 喉が渇き、汗が滲み、全身から血の気が引く。


「ちょ……、ちょっと待て、シバ。今、“キース”と言ったか?」


 立ち上がって芝山の真ん前に立ち、目を見開いて見下ろしている。

 芝山はというと、俺に凄まれて目を潤ませ、怯えたような顔で見上げている。


「い、言った。確かに、“キース”って」


 明らかにその名前に反応している。

 どうした。何があった? 今まで俺の中に入り込んでいて、初めて聞いたような。


『初めてだ』


 そう……だったかな。俺はてっきり、何度もそう呼んでいたのかと。


『もっと早く知っていれば、或いは』


 テラの様子がおかしい。


「テラ様、どうなさいました?」


 訝しげに俺の顔を覗くモニカ。


『――あるじの名だ』


 テラは俺にだけ聞こえるようにそう呟いた。


『一緒にかの竜を封じ込めたリアレイトの青年の名。辛抱強く戦ってくれた黒髪の青年の名』


 直ぐには……飲み込めない。つまり、どういう。


『彼は死んだ。だから私も卵に戻った。だが実際は、死んだのは彼の意識だけで、彼の肉体ではなかった。竜石の力で、かの竜を砂漠の果て、黒い湖に落とした後に彼は消滅したのではなかったのか。黒髪で糸目……? 君の記憶画像はピンボケで全く気が付かなかった。ちっくしょう、どうして今まで気が付かなかった。最悪の事態だ。最悪も最悪。まさかこっちが目的だったなんて……。完全に、してやられた』


 テラは俺の身体でフラフラと歩き出し、そのまま壁にぶつかってドンと思いっ切り壁を殴った。振動が拳から腕、肩までじわじわと伝わっていく。

 どうしたんだよ、テラ。

 何が『してやられた』んだ?


『誰にも言うな。私と君だけの秘密だ』


 突然妙な動きをした俺に、皆が声をかけてくる。


「どうした」


「どうしました」


 立ち上がり、ぞろぞろと寄ってくるが、俺の身体は振り向こうとはしなかった。



『ドレグ・ルゴラの真の目的はお前だ、凌』



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