因縁3

 テラの意外な告白に、皆しんと静まりかえった。

 信じられない。テラとグロリア・グレイが、ドレグ・ルゴラの幼馴染み……?

 想定していたよりも、もっと昔からテラは存在していた、ということなのだろうか。数え切れないくらいたくさんの人間と契約を交わして、卵と成体を繰り返していた。

 グロリア・グレイはそういうのも全部見ていて、ドレグ・ルゴラのことも知っていて、人間と同化して戦おうとするテラを必死に制していた。

 そういうことか。

 俺が隠している事実に匹敵するほど、テラの言葉は衝撃が大きい。

 モニカは納得しただろうか。

 確認しようにも、テラは視線をずらさない。誰とも目を合わさず、ただじっと、前だけを見ている。


「その、白い竜の気持ち、わからなくはないかな」


 ノエルがぽつり、呟く。


「どの世界でも、他とは違う者を排除しようって動きはある。誰にもわかってもらえず、どんどん自分の殻に閉じこもったんだ。人間と違って、竜は長く生きる。あまりにも長い時間、孤独に過ごしたから、かの竜は捻くれた。偶に優しくされたところで、それが優しさなのかちょっかいなのか区別が付かなくて、どんどんどんどんネガティブな方向に思考を偏らせてしまったんだろうな」


 幼い頃から大人の能力者たちと肩を並べていたノエルの一言は、妙に重い。

 身体と不釣り合いの力を得てしまったことで、彼もかなり苦労したのだろう。決して口にはしないが、人間不信っぷりはドレグ・ルゴラに通じるところがあった。彼が完全に心を開かないのも、彼なりの葛藤があるからなのだろうし、そこは周囲の大人が気を配り、少しずつ解してやらなければならないはずなのだが、竜の世界にそのようなものがあるとは思い難い。


「同情したとしても、かの竜を倒さねばならないという事実は変わらない」


 テラは言った。


「感情を押し殺すことも、誰かに同調することもできなくなったかの竜は、ただ己の興味の赴くままに私と凌を標的にしている。これ以上悪いことは起きて欲しくはないが、いずれ“この世界”にも刃は向けられるだろう。そのためにも、なるべく信用できる者同士で情報を共有化し、いつでも戦える準備をしなくてはならない。そういうわけだから、私はしばらくこうして凌の中に身を潜めることにする。私に用があれば遠慮なく凌に話しかけてくれ」


 ようやく視界が動き、全体をゆっくりと見渡したと思ったところで、ふいに意識が戻ってきた。


『これである程度は誤魔化せたか』


 と脳内でテラ。

 十分だと思うけど、まさか嘘は吐いてないよな?


『嘘ではない。言うまでもないと思って、今まで黙っていただけのことだ』


 口元を押さえ考え込んでいると、


「あれ? 戻った?」


 と、ノエルが覗き込んだ。


「リョウかテラか、どっちが表面に出てきているのか、なんとなくわかってきた。目つきが悪くて頭も悪そうなのがリョウで、シャンとして手強そうなのがテラだな」


 まぁ、八割方当たってる。


「コロコロ変わって気持ち悪いとか? 生憎、俺にはどうしようもない」


 皮肉たっぷりに言い放つが、ノエルは「いいや」と前置きして、


「二重人格みたいで面白い。これはこれでアリかな」


 と、はにかんだ。

 難しい話が一区切り着いたところで、美桜が冷蔵庫から冷えたジュースを持ってくる。グレープの炭酸と、リンゴジュース。グラスに氷をたくさん入れて、人数分をトレイのままテーブルに置いた。菓子入れの器には個包装の洋菓子が山のように積まれている。

 まるで誰かが来るとわかっていたかのような待遇だなと思っていると、


「凌のことを話したらね、飯田さんが『私が居ないときでも、おもてなしできるように』って、買い置きたくさんしててくれたんだ。よっぽど嬉しかったみたい」


 なるほど。飯田さんの仕業か。

 飯田さんは美桜のことを本当に心配してくれてる。彼女がいなかったら、美桜はまともに生活できていないだろう。


「飯田さんの中からも、俺の記憶は消えているだろうけど」


 あの気品いい飯田さんに奇妙な目で見られたらとても堪えられないなと、俺は短く息を吐いた。


「大丈夫よ。凌のことは毎日のように話してるし。また、最初みたいに挨拶すれば良いだけじゃない」


 美桜は笑った。


「そ、う……だな。うん、そうする」


 杞憂ならばそれに越したことはないが。

 俺は小さく笑って、菓子に手を伸ばした。





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