因縁2
「黒い湖とはすなわち、時空の狭間です。テラ様曰く、『“表”と“裏”の間にある真っ暗闇』で、『たくさんの暗い感情が二つの世界からこぼれ落ちてできた場所』。私も初めて知ったのですけどね、レグルノーラはその湖の上に浮いた盆のような世界だったのですよ。世界が途切れた場所から臨むと、そこに真っ黒な湖が広がっていて、帆船は真っ逆さまに湖の中へ落ちていきました。大丈夫です、乗組員の皆様はきちんと森へ転送しましたから、ご無事なはずです。で、その湖の底に私たちも落ちてしまったと。救世主様はその湖の底に“リアレイト”すなわち“表”のこの世界を見たと言います。気が付くと“学校”の中庭にいて、そこに半竜人が現れた。皆さんも登場しました。ですからてっきり、私たちはあの場が“表の世界”そのものなのだと錯覚してしまったのです。けれど、実際は違った。幸いでした。あまりにも世界が暗く沈んで歪んでいて怪しく思い、もしかしたらと魔法を使ってみると案の定です。これは臆測ですが、かの竜はわざとそうやって救世主様を苦しめている。何故かの竜は、執拗に救世主様を狙うのでしょう。何かご存じでありませんか?」
モニカは最後に俺の方を見て、首を傾げた。
何か。
この場で言えと。
言えるわけがない。本当のことなど。
皆がまじまじと俺を見ているが、俺はギュッと唇を噤んだ。
まかり間違って美桜のことを喋ってしまったら、一巻の終わりなのだ。
「それは、私が原因だろうな」
急に自分の声が聞こえてハッとする。いつの間に、ずっとなりを潜めていたテラが身体を乗っ取っていた。
「私の
「――テラか!」
芝山が驚いたように声を上げた。
俺はこくりとうなずき、更に話を続ける。
「過去にドレグ・ルゴラを封じたという金色竜が私だということは話したつもりだ。かの竜は私が再び人間と同化して立ち向かってくるのを目障りだと感じているんだろう。あの手この手で私たちの行く手を阻もうとしている。同時に、そうやって追い詰められていく凌や私を、かの竜は面白がって見ているらしい。後にも先にも、かの竜を封じ込めたのは私だけ。私が三百年前と同じように自分を封じようとしているのだとしたら、邪魔をするのは当然のこと。それ以上でもそれ以下でもない」
テラは俺の身体を借りて、ピシャッと言い放った。
助かる。
俺では恐らく、余計なことまで話してしまっていただろう。
『礼には及ばない』
テラの声が頭に響く。
『君と私が過去に行ったことが知れれば、今度は美桜が壊れてしまう。何も喋るな。喋りそうになったら、いつでも私が前に出よう』
すまない。俺が不甲斐ないばっかりに。
「……そういうものでしょうか」
モニカは何か引っかかるという風に何度も首を傾げ、
「もっと根底には複雑なものが隠れているのではないかと思ったのですけれど」
流石と言うべきか、なかなか一筋縄ではいかないらしい。
「そうだな、強いて言えば、かの竜は私に裏切られたと思っている。だからこそ、私を疎ましく感じるのだろう」
「裏切られた? テラ様に?」
「そう。遠い遠い昔のことだがな。未だ幼かった白い竜は、私たち竜の間でさえ浮いていた。白い鱗も大きく白い羽も、見ようによっては美しく神秘的なものであったはずなのに、竜たちはそれを受け入れようとはしなかったのだ。中には優しく声をかける竜もあったが、どこかで一線を引いていた。自然界にあり得ない白に、竜たちは怯えていたのだ。私もグレイも幼すぎて、彼を守ることができなかった。だからきっと、かの竜は捻くれた。名前も付けられず、誰にも呼ばれず、孤独に過ごすかの竜と、私たちはもっと話すべきだった。だのに幼い私ときたら、大人たちの陰に隠れて逃げて回った。かの竜はそれをじっと見ていたのだ。本当は、友達になりたかったのかもしれないと思ったのは、相当な年月が経った後だった。気付くのが遅すぎた。私は人間に飼われ、グレイは卵と石の番人となり、かの竜と出会うこともなくなった。長年蓄積された黒い感情が溢れ出し、かの竜がドレグ・ルゴラと呼ばれ、恐れおののかれるようになって初めて、私たち竜は己らの愚かさに気付かされたのだ。まして同じ時期に幼少時代を過ごしてきた私が敵として現れるのだから、面白くはなかっただろうな。私は暴走してしまったかの竜をどうにか止めたいという一心だったのだが、彼には伝わることもないだろう」
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