115.因縁

因縁1

 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。

 くだらないことで盛り上がって、くだらないことで腹を抱えて。

 それまで失っていた日常を必死に取り戻している感覚は本当に不自然で、緊張しっぱなしだった顔が変に歪んでいないかとか、眉間の皺が深すぎやしないかとか、余計なことを考えながらも久々に笑っていた。

 久々のカップ麺を堪能し、皆でじゃれ合った後で、ふと不安がよぎる。


「こんなに……のんびりしてて大丈夫なのか。もしかして今にもゲートの穴が広がっていたり、魔物が出たりしてるんじゃないのか」


 非日常が日常になりつつあった俺は、自分の中で不安を押し込めておくことができなくて、ついにそう呟いてしまった。

 陣たちが急に表情を曇らせ、目線を逸らす。やっぱり、無理していたらしい。


「大丈夫よ」


 言ったのは美桜。


「レグルノーラから干渉者が来てくれるようになってからは、私たちが居ない間、彼らがきちんとゲートを見張ってくれているから。姿を変えて紛れ込むよりも潜んでいる方がやりやすいって、殆ど顔を見せてくれないのが難点だけど。協会から毎日数人が派遣されているみたい。無理してディアナに頼みに行って良かったと思ってるわ」


 彼女はテーブルを拭きながら淡々と答えた。


「なるほどねぇ」


 と、わざとらしく大きな声で口を挟むのはノエル。椅子の背もたれに身体を預けて腕を組み唸っている。


「気持ちはわかるな。『紛れ込むより潜んでた方が』ってのは。ここじゃ確かにオレたちは目立ちすぎる。“こっち”の連中は揃いも揃って黒髪に平ら顔だしね。容姿を変える魔法は高度で、持続させるのも難しい。それが苦にならない阿呆も偶に混じってるようだけど、普通ならそんなところに魔力を割こうとは思わないもんな」


 最後までノエルが言い終わる前にセリフに反応したのは芝山。

 のっそりとソファから立ち上がり、丸い眼鏡をキラッと光らせた。


「それ、ボクと陣君のこと貶してる?」


「とんでもない。褒めてるんだよ。かなりの魔力をお持ちだとね」


 馬鹿にしたようにノエルが言うと、芝山はカチンときて拳を高く上げた。とっさに陣が割って入り、


「まぁまぁ。考え方は人それぞれだから。気にしない気にしない」


 とフォローに回る。

 芝山は渋々座り直して、不機嫌そうに顔をしかめた。


「そういうわけだから、確かに少し余裕はできたんだ。ただ、穴の広がるタイミングはランダムだ。同じ時間に複数の穴が広がる場合もある。そうなると、お互いが連携しなければ事態の収拾が付かなくなってしまう。そのときは彼らも姿を現してくれるだろうから、今は黙って彼らのやり方を見守るしかないよ」


 ……まるで忍者だな。

 けど、確かにここじゃ“裏”の人間は動きづらいだろう。ゲート拡大の可能性が高い学校の付近を中心に、Rユニオンのメンバーが動けない時間に見張って貰う方が、確かに効率的なのかもしれない。


「で、古賀は? あいつはどうしてる?」


 黒い湖の底では真っ先に出てきたあいつを、“ここ”では未だ見ていない。


「相変わらず、普通にテニス部の顧問してるよ」


 答えたのは須川だった。


「Rユニオンにはほとんど顔出さなくなったけどね。偶に来ては『ジュース缶の差し入れだ』とか言ってあとは帰るだけかな。良い意味でも悪い意味でも放置されてる感じ。それが逆に気持ち悪くって」


「コガ……とは、あの半竜人のことですか? あの湖の底で出会った」


 首を傾げながらモニカが聞く。


「ああ。どうやら“表”の人間の身体にヤツらは入り込んでしまうらしい。……って、アレ? モニカも知ってるってことは、やっぱりあれは夢じゃなかったのか? ってことは、アレ?」


「アレじゃありませんよ、救世主様。あの黒い湖は夢であり現実であり……、説明の難しい場所だったということです。できる限り、もう行きたくはありませんけどね」


 全くだ。

 俺とノエルも顔を見合わせてため息を吐く。

 本当にできれば二度と行きたくはないが、そこにドレグ・ルゴラが潜んでいたかもしれないのだから、いずれまた――などと、頭に余計なことが浮かんで、俺は咄嗟に頭を振った。


「あのさ、さっきから気になってたんだけど、その“黒い湖”って……何」


 恐る恐る陣が尋ねると、モニカは「それはですね」と前置きして、皆の顔をグルッと見渡しながら丁寧に解説を始めた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る