真実3
「シバ様は最近砂漠へは向かわれましたか?」
「へ?」
間抜け多様な声を出す芝山。
「砂漠へは、向かわれましたか?」
何故そんな質問をされるのだろうと、芝山は陣や須川、俺たちの方を交互に見て、困ったような顔をする。
「砂漠って、“裏”の」
「そうです。シバ様は
「いつって……、言われても。最近はバタバタが続いていて、意識的には行くことができなくて。船のみんなには悪いとわかっていながら、だいぶ長いこと顔を見せてない。最後に顔を出したのはいつだったかな……三日くらい前? 航行に問題ないようだったから、何かあれば船長室の奥にある魔法陣に手を当てて話しかけてくれって、何人かには頼んだんだけど、それが何か……」
芝山はおどおどしくモニカの問いに答えた。
「では、帆船にディアナ様が訪れたことはご存じで?」
「ディアナ? 塔の魔女? 帆船に?」
「ご存じないのでしょうか」
「砂漠の真ん中に塔の魔女が来るなんて、そんな馬鹿な」
「ありがとうございます。質問は以上です。これで……、わかりましたね、救世主様」
モニカは口角を上げてニコッと笑い、ゆっくりと息を吐いた。
「帆船の化け物は、かの竜の罠だったのですよ」
「罠……? あれが……?」
「そう。かの竜は私たちを、いえ、恐らく救世主様を貶めるための罠を仕掛けていたのです」
「ちょ、ちょっと待って! 砂漠で何があったって?」
芝山が大慌てで立ち上がり、大声を出した。
水分を取った反動か、顔中汗で濡れている。
「帆船に時空の穴が開いて、巨大な黒い魔物が現れました。その中にシバ様の姿があり、私たちはシバ様が魔物になってしまったのだと判断してしまったのです。ザイル様の話では、ディアナ様が帆船を訪れ航行を止めるよう説得しても、シバ様は船長室の扉さえ開けなかったとのことでしたが、なるほど、そういうことでしたか。元々シバ様は帆船には居なかった。不在中、いつの間にか、かの竜の手の者にすり替わっていたということなのでしょう。シバ様のフリをして返事をしたり、声を荒げたりして船長室から徐々に皆様を遠のけ、時空の穴を広げていった。私たちが到着したときにはその穴は閉じることができないくらいにまで広がっていて、制御不能になった帆船は最初から時空の狭間に落ちていく算段だったわけです」
「え? ちょっと待って。今、帆船が、何だって?」
芝山の顔が青い。
「帆船はバラバラになって、時空の狭間に落ちてった」
補足するようにノエルが言う。
「オレたちはそれをしっかりと見た。魔物になったシバをリョウがぶっ殺しても、帆船は止まらなかった。そこでもっと疑問に思うべきだったのに、すっかりと騙されたってわけだ」
「ボクを……、殺した? 来澄が?」
芝山が困惑している。
当たり前だ。
俺は誰の顔も見ることができず、両手で頭を抱えてテーブルに伏した。
「砂漠の果てへと向かおうとする帆船を止めるには、それしか方法がなかったのです。魔物化したシバ様を元に戻す方法など存在しませんでしたし、そうでもしなければ、私たちが生き残ることすらできなかったでしょう。ですが、今思えばそれすらも、かの竜の罠だったわけですね。救世主様を苦しませようと、次々に仕掛けられた罠の一つ。あの場でシバ様を倒させておいて、それから黒い湖の底で更に悪夢を見せた。そうすることで、救世主様に更なる絶望を味わわせようとしたのでしょうか。いずれにせよ、そこから脱出して無事“リアレイト”に来ることができたのですから、これ以上後ろ向きな話は止めましょう。お互い、何もなくて良かったと思うべきです。いいですね、救世主様」
良くは……ない。
何一つ、良くはない。
自分の中に黒い感情が生まれるところをしっかりと見せつけられて、それで良かったなんてこれっぽっちも思わない。
けれど。
「芝山……、ゴメン」
俺は無意識にぽつりと呟いていて、目に熱いモノがこみ上げていた。
「俺は、あのとき芝山を」
言いかけたところで、誰かが肩をポンと叩いた。
「馬鹿だな。誰が君のことを責めるんだよ。それしか方法がないのなら、そうするべきだった。それだけのことだろ」
顔を上げる。芝山が、いつの間に直ぐ側に立っていた。
「もし誰かが暴走して、誰かを傷つけたり世界を壊してしまいそうになったら、全力で止める。当然のことだ。もしボクが君の立場でも、ボクは君と同じことをした。ギリギリのところで判断を迷うことは誰にでもある。けど、その結果正義を曲げるようなことだけは絶対にしてはいけない。だから気にするなよ」
芝山はキノコ頭のクセに、偶に格好いいことを言う。
これがシバの方のセリフだったら、もっと様になっていただろうに。
ありがとう、と口の中で小さく呟いて、俺は口を歪ませた。目から涙が零れないよう、堪えるのに必死だった。
「話は終わった? はい、カレーとラーメン。丁度できたところ。本当に辛いのしかないけど、大丈夫かしら」
美桜が言いながらテーブルの上に一つずつ器を置いていく。
『超激辛特盛豚キムチラーメン』と書かれたカップラーメンからは、いかにも食欲をそそる酸っぱい匂いが湯気と共にもくもくと上がっている。
ノエルの前に出されたカレーも、あり得ないくらい辛そうな色をしているし、モニカに出されたカップ焼きそばには、真っ赤な唐辛子系のソースがこれでもかとまぶされていた。
「ありがとうございます。いただきますね、美桜様」
「美味そう! じゃ、遠慮なく」
モニカもノエルも満面の笑みで食べ始めたが、その後悶絶し、お茶のおかわりと食パンを懇願したのは言うまでもない。
俺はというと、久々の辛口ラーメンをつゆまでペロリと平らげた。手作りのご飯もありがたいが、偶にはこういうのもいいものだ。
一口だけで残されてしまった激辛カレーと超辛焼きそばはというと、結局美桜と須川、それから芝山が取り分けて空っぽにしていた。その様子を端で見ていた陣は、
「“表”の連中は味覚が壊れてるのさ」
と、モニカとノエルを慰めていた。
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