犠牲2

「全くノエル坊の言うとおりだな」


 俺の声で言ったのは間違いなくてテラの方だった。

 だから何だよその『ノエル坊』って!


「黙れ凌。君は全てを失ったと言いながら、まだ失うモノを持っていた幸福に浸りすぎているのだ。シバのことは私もよく知っている。君と共に世話になった。君とは同郷の仲間だというのも勿論承知だ。だが、それとこれとは別問題。君が言うところの『嫌だ』というのは単なるわがままに過ぎない。君がらないのなら私がる。幸い君の身体は私と相性が良いのでね。私はいつでも君に成り代わることができる。ノエル! もう少し時間を稼げるか」


「テラの方に変わったな。それならもう一踏ん張り……」


 って、何二人で結託して。

 そうじゃなくて、俺が聞きたかったことに対して答えが欲しかったのに!

 あの穴の正体をテラは知っているのかどうか。


「あの穴か」


 言いながらテラは俺の身体を使い、剣を掲げて更にそこに纏わせた炎を強くした。


「あの穴は、時空の狭間に通じている。“表”すなわち“リアレイト”と“裏”すなわち“レグルノーラ”の間にある真っ暗闇だ。たくさんの鬱憤とたくさんの不満、欲望、嫉妬、憎悪、恐怖、悲哀。そういう暗い感情が二つの世界からこぼれ落ちてできた場所。そして……、ドレグ・ルゴラを封じた場所」


 ギリリと、俺は奥歯を噛んだ。


「つまりな」


 バサッと、背中に羽が生える感覚。

 足元のヘドロから脱するため、テラは強く地面を蹴った。

 身体がフワッと宙に浮き、そのまま魔物の頭めがけて飛んでいく。


「全部ドレグ・ルゴラの仕業なのだ。君は標的にされた。君の大切なモノを最初から全部奪うつもりで、かの竜はありとあらゆるモノを仕掛けた。シバが帆船のおさになったのも、君がこうして止めに来るのも、かの竜は全部知っていて、君に絶望を味わわせるためだけにシバを化け物にしたのだとしたらどうだ! 君はそれでもシバを救おうとするのか!」


 止めろ……、テラ!

 俺の身体をこれ以上使うな。その剣を振るうな。

 視線が魔物の頭部にあるシバの身体を狙っている。

 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。


「抵抗する気か」


 当然。

 抵抗するに決まってる。

 ここで俺がシバを、芝山を殺すわけには……いかないんだぁぁああ!!!!

 ――感覚を無理やり戻す。テラと意識がぶつかり、頭に衝撃が走る。


『何をする! 凌!』


 うるさいうるさいうるさいうるさい!

 これは俺の身体。そりゃ、一人じゃ何もできない非力な男だし、テラの力あってこその俺だというのは重々承知だ。けども。


「シバは……、芝山は……、絶対に殺させない…………!!」


『綺麗事だ! 殺さずどうやってこの化け物を止めるというのだ! いつまでも甘い、甘すぎる!』


 また腕が思ってもみない方向に。テラのヤツ、往生際が。


『往生際が悪いのは君だ! こうなったら力尽くでも』


「させるかぁっ!!」


 魔物が目の前に迫る。

 ノエルの巨人が力尽き、魔物が束縛から逃れた。

 黒く巨大な口が俺の方を向いて大きく開く。

 ヤバい、勢いが止まらない。

 次の瞬間、視界が暗転する。


「救世主様――ッ!!」


「あの馬鹿ッ!」


 モニカとノエルの声。途中からくぐもって聞こえる。

 生温かく湿ったモノが身体に纏わり付く。

 等間隔に並ぶブツブツした何かが、肌の上を這った。

 息ができない。あまりに強烈な腐敗臭に気が遠くなりそうだ。

 耳に響くのは等間隔のポンプ音。音と共に身体が奥へ奥へ運ばれていく。

 身動きが、取れない。


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