異常事態3
全てのエアバイクがエンジンを停止したところで、男たちがわっと寄ってくる。相変わらずの男臭さが充満して面食らうが、これもまた懐かしい臭いだ。
紅一点のモニカが甲板に降りたときには歓声も上がった。そういや、しばらく女すら見たことがないと言っていただけあって、モニカのあの格好は目の保養になっているんだろう。気の良いおっさんばかりだから大丈夫だとは思うが、一応女性なのだし、しっかり守ってやらないと色々と危なさそうだ。
「お前、本当にリョウか! ハハッ! 見違えたなァ!」
一歩出て嬉しそうに話すザイル。あれからそんなに時間は経っていないはずなのに、何故かゲッソリと疲れ切っているように見える。
「お前が本当に救世主になったと
差し出された手は震えていた。
「わかってる。そのために来たんじゃないか」
俺はしっかりとザイルの手を両手で握る。あんなにゴツゴツして力強かった手が、なんだか急に年老いたような弱々しさ。
何があったんだ。
みんな疲弊してる。目の下の隈も、痩せこけた頬も気になる。前はこんなんじゃなかったのに。
「ところで
話題を変えると、急にザイルは黙りこくった。
他の乗組員たちも、下を向いたり目を逸らしたりして、なかなか答えてくれない。
風が頬に当たり、帆がバサバサと音を立てる。高速で進む帆船の上、しばしの沈黙。
「
ザイルがぽつり、呟く。
「何が
忠告したとディアナは言った。
ここまでわざわざやって来て、
ディアナ……、なんて無茶を。
「船長室?」
鎌をかけて尋ねてみる。彼らは何も言わない。だが目線は明らかに船長室の方を向いているようだ。
「行ってみよう」
俺はきびすを返して船長室へと足を向けた。甲板の先にある小さな扉。碇のマークと丸窓が目印だった。
急に歩き出した俺のあとに、テラも付いてくる。
当然のようにモニカとノエルも続く。
「ちょ……っ、ちょっと待ってくれ」
ザイルが慌てて行く手を塞いだ。
「一つ、言っておきたいことがある。船長室には入らない方が良い。俺たちは勿論入れないし、塔の魔女さえ入るのを躊躇した。今の
「そんな悠長なことできるわけないだろ?」
「塔の魔女もそう言って、結局まともに話もできずに帰っちまった。それじゃ意味がない。しっかりと話をして、その上で納得して貰わないと埒があかない。もうお前しか頼れないんだ。せっかくのチャンスを無駄にして欲しくないから言ってるんだ。頼む」
両手をパチンと合わせて頭を下げられたところで、ハイそうですかというわけにもいかない。俺は立ち止まり、長くため息を吐いた。
「で、
「だ、だからそれは止めてくれってさっきも」
「感情の起伏が激しいのは前からなんだし、今更気にするほどのことか? そんなことより、さっさとこんな航行止めてくれって言わなきゃならないんだ。帆船をこれ以上進ませるのは危険だ。あいつの魔法で進んでるなら、あいつ自身に止めさせなきゃ」
「
「――闇の気配がします」
モニカが突然、俺とザイルの間に割って入った。
怒鳴り合う俺たちの口を人差し指で次々に塞ぎ、一人、ゆっくりと船長室に進んでいく。
船長室の扉に手を当て、反対の手で皆に静かにしろとジェスチャーすると、皆口を塞いで黙りこくった。
「船長室……。ここにシバ様が? けど、あのときのシバ様とは違う邪悪な気配がします。本当に、ココに居るのはシバ様で間違いないのでしょうか」
モニカの高い声が甲板に響いた。
グルッと見まわすモニカに、誰も反論しない。
どういうことだ?
「邪悪な気配……って、魔物、みたいな?」
ノエルが尋ねると、
「そうですね。魔物よりももっと、よろしくない気配です」
モニカの表情は厳しい。
言われてみると、いや、言われなくても本当は感じていた。乗組員たちの表情が冴えないのも、この妙な気配が原因だってことに本当は薄々感づいていた。けど、気のせいだと思いたくて、気付かないフリをしていた。
この船には思い出がある。
いろんな出会いがあって、いろんな衝突があって、今がある。それを崩されたくないという思いが、迫っている危険から目を逸らそうと働いてしまっていた。
モニカは第三者で、そうした感情とは一線を画している。だからこそ、客観的におかしいと判断し、そう断言できたのだ。
「これは干渉者の気配ではありませんよ。救世主様も気付いておられたのでしょう」
「あ、ああ」
言葉を濁す。
本当に、モニカは優秀で助かる。
「手荒い真似だとは思いますが、皆様、少し離れてくださいませんか。船長室からその原因を引きずり出します」
モニカはクルッとこちらに向き直って、あくまで丁寧に皆を諭した。
女慣れしていない男たちは、直ぐにモニカの言葉に従った。なるべく船尾へと移動し、マストの陰や荷物の陰に隠れ、様子を覗っていた。
乗組員たちがすっかりと居なくなったところで、モニカは再び船長室の扉に手を当てた。
「救世主様、テラ様、そしてノエル。私の魔法が発動したら、直ぐに食い止めてくださいね。いくら私でも、あれもこれも一度にこなすのは難しそうですから」
二つ三つ平気で魔法を併用するモニカでさえ、苦慮しそうな相手だってことか。
それは本当に、シバなのか?
モニカが魔法陣を描き始める。
――“閉じこもりし邪悪なる者よ、光の下に姿を現せ”
文字の一つ一つが光り始めると、船室の中で何かが反応し、ガタンガタンと激しく帆船を揺らし始めた。
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