異常事態2
館の庭に、エアバイクが四台用意されていた。モニカとノエルは手分けしてエンジンをかけ、俺とテラに乗るよう合図した。
「竜に戻って飛んだ方が早いのだが」
テラはブツブツ文句を言いながら、渋々ヘルメットを被った。
「エアバイクはそれぞれの位置を確認できる仕様になっていますし、障害物のない砂漠ではかなりのスピードも出ます。体力の温存にもなりますから、無理せず乗っていただいた方が良いと思いますよ」
なだめるようにモニカが言うと、テラは頬を膨らませて手近な一台に跨がった。
俺がその横の一台に、モニカとノエルが後方の二台にそれぞれ跨がると、モニカは咳払いして四台を囲うほど大きな魔法陣を地面に描き始めた。
「帆船のスピードはかなり速いと聞きます。移動地点が帆船とイコールになるのは難しいでしょう。時空の歪みやねじれに巻き込まれぬ呪文も書き込むため、魔法の発動まで少し時間がかかります。なるべく近くへ飛びますが、その後は各自帆船に向かって移動お願いしますね」
魔法陣が光り出す。
一文字一文字丁寧に刻まれていく。
「カウントが0になったら、一斉に飛びます。飛んだら直ぐに帆船へ。いいですね。行きますよ。5……、4……、3……、2……、1……、0!」
■━■━■━■━■━■━■━■
生温い空気が急激に肌に纏わり付いた。
息苦しさと暑苦しさが一辺に襲ってきて、吐き気がする。
辺り一面の砂。地平線の向こうまで続く灰色の空。
砂漠だ。
モニカに言われていたのを思い出し、エンジンを吹かした。
既に先を進んでいるエアバイクの尻に付いていく――モニカだ。自分で発動させた魔法だけあって、反応が早い。少し腰を浮かせてバタバタと黒いマントをはためかせているのが良い目印になる。
モニカの進む先に帆船の影。スピードアップしたと芝山が言っていた通り、かなりの速さで進んでいる。
俺の後ろにテラとノエルが続く形で、砂漠を進む。
とにかく速い。砂が波飛沫のように飛び散るのを避けながら、なるべくモニカに離されないよう、食らいつくようにスピードを上げていく。砂が機体に当たり、パチパチと弾けるような音を出す。もう少し高度を上げなければ、エンジンの中に砂が入り込んでしまうんじゃないかというくらい激しい音がする。ハンドルを後ろに傾け数十センチ浮き上がると、そうした音も少し減った。
ヘルメットに装着されたゴーグル越しに、周囲をグルッと見まわす。いつもならどこかにサンドワームの砂煙が立っているのだが、影すらない。砂地の中にポツポツと存在していた岩山もない。まるっきり砂だらけだ。
当然、砂漠なのだからこの光景は当たり前。
けど、何かが違う。空の色がいつもと……、そう、白っぽいところがある。曇天の砂漠というちぐはぐな空間の一辺に、白く濁った影が見える。それはまるで、大きく羽を広げた竜のようにも見えなくはない。
あれが、ドレグ・ルゴラ?
まさか。
俺が見たかの竜とは全然違う。大きさも、存在感も全然。
けど、遠くから見ればそれは同じものに見えたのだろうか。竜に向かって帆船が進むように見えたのだろうか。
帆船との距離はなかなか縮まらない。このままだと、エアバイクで進む俺たちの方が疲れてしまいそうだ。モニカもそう思ったのだろう、右手でハンドルを持ち、左手を高く掲げ、手元に魔法陣を出現させている。
――“帆船の速度を落とせ”
単純だが確実な魔法を放つ。
帆船が魔法に反応し、心なしかスピードを落としたところで、モニカは俺たちに大きく手を振った。
モニカの機体が思いっきり高度を上げて進んでいく。帆船の甲板の高さまでグイッと上がるのに、俺たちも続く。どうにかこうにか甲板の内側がのぞけるくらいまで浮き上がったところで、俺は自分に手を振る男たちに気が付いた。
「おぅ~い! リョウ!」
ヒゲだらけのアゴ、薄汚れた服を纏った中年男がびょんびょんと飛び跳ねながら両手を振っていた。ザイルだ。
他の乗組員たちにも見覚えがある。帆船の中で世話になった。
「ザイル! ちょっと降りたいんだけど!」
大声で叫ぶと、一応意味がわかったらしい、親指を高く上げて甲板の中央を空けるよう指示してくれた。
「降りよう」
モニカに合図して甲板へ機体を寄せ、ゆっくりと降下する。
当然ながら、動いている帆船に速度を合わせて降りるのは至難の業。降りるタイミングを間違うと大怪我してしまうわけで、ここは慎重に慎重に。エアバイクの底が甲板の床と接触する直前にエンジンを切り、そのまま重力に身を預けた。
よし、どうにか。
モニカもノエルもテラも、次々に着地しては機体から降りていた。
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