107.異常事態

異常事態1

 あのとき、砂漠の真ん中に無理やり放り投げられた俺は、命からがら生き延びた。サンドワームに襲われ、岩サソリに襲われ、力尽きたところを救ってくれたのが砂漠の帆船だった。

 帆船には、時空嵐に呑み込まれた男たちが船員として乗り込んでいた。自分の生きていた時空から飛ばされた彼らに戻る術はなく、いつか戻れると信じてただひたすらに船を走らせているのだと聞かされた。そして、その帆船を操っているおさがクラスメイトの芝山だと知らされたときのあの衝撃の大きさは、今でも忘れない。クールで美形なおさ・シバを演じ続ける芝山を、俺は責めることができなかった。彼は彼なりにこの世界で生きている。そのタフさに、寧ろ尊敬の念を抱いたくらいだった。

 彼のプライドの高さは言うまでもない。“表”ではキノコ頭のガリ勉眼鏡でしかない芝山の理想型が、砂漠の帆船のおさ・シバなのだ。


「つまり、シバ様が帆船を操り続けることに対して、救世主様はよろしく思ってはいないということなのですね」


 身支度を調えながら、モニカが聞いた。


「ああ。恐らくおさはドレグ・ルゴラにそそのかされた。帆船には何も知らない男たちがたくさん乗ってる。巻き込むわけにはいかない」


 橙の館、一階のリビングに集まった俺たちは、今まさに砂漠へと向かおうとしていた。

 洞穴へ向かったときの重装備から砂漠仕様の軽装備に変えるため、少々時間は要したが、これでどうにか戦えそうだ。

 前回砂漠に飛ばされたとき、俺は半袖ワイシャツとスラックス、下着、スニーカーという、虚しい装備だった。ポケットに入っていたスマホや財布は当然役に立たず、結局ほとんど触ることもなく……それどころか度重なる攻撃を受け、ただのゴミと化した。あれからいろんなことがあって、俺も俺なりに成長したらしい。蒸れぬよう素材を考えて服も靴も変えたし、無駄な持ち物は置いてって、必要になれば具現化させれば良いというところまで頭が回るようになっていた。

 ノエルは相変わらず丈長のコートを羽織ろうとしていたが、せめて通気性の良い素材のものを選ぶかマントにしろと言うと、渋々薄手の丈長いフード付きカーディガンに変えていた。持ち物も軽くしろと言ったのだが聞いていたのかどうか、大きめのリュックを背負い、中身は大して入っていないと大いばりだった。

 装備を夏仕様に変えたモニカはというと、長く細い足を存分にさらけ出していた。日に焼けると言いたいところだったがあの曇天、紫外線という概念がこの世界にあるのかどうかすら怪しいので、何も言わず黙っておく。せめて日焼け止めクリーム的な何かを塗っておいた方がと言うと、保湿剤ならいつも塗ってますよと返ってきたので、もしかしたら日焼けという概念自体がないのかもしれないとさえ思った。

 丈の短いフリルの下に、三分丈ほどのスパッツらしきものを履いてはいるようだが、太ももの大部分は素足のままだし、腹回りは冷えそうなのにヘソ出しだし、あまりふくよかでない胸はしっかり隠してはあるが、ほとんど下着だった。だが彼女らしくゴシックロリータ系は譲れないらしく、黒一色でもしっかりと細かなフリルや刺繍が入っていた。大丈夫です、朝晩の冷え対策のために着替えは持って行きますと、ボストンバッグ大の荷物を見せられたときには困惑したが、そういう問題ではないだろうというツッコミさえ受け付けないオーラが漂っていた。黒いマントも洞穴の時より短めで、足元も編み上げのサンダルだし、一応時と場合を考えての装備らしいが、戦いに行くという格好じゃないよなというツッコミはあえてしない方が良さそうだ。


おさって言うと、あの深手を負っていたキザったらしい男のこと? 強そうには見えなかったけどな」


 ノエルがツンとして言うと、


「また外見で人を判断して。ノエルったら何度言えば」


 モニカが呆れたようにぼやいた。

 俺は二人に目配せしながら、


「二次干渉者としてはかなり強い方だと思うよ。ほぼ一人の魔力で帆船を動かしているんだからな。実際戦ったときもかなりヤバかったし」


「特にあの切れ方がな」


 壁にもたれかかり、俺たちの準備を待っていたテラが皮肉たっぷりにそう言った。


「人の話を聞かないからな。これと信じたら突き進む。自分の信念は曲げない。ああいうのが一番厄介なんだ。素直に助言を受け入れようという気持ちが全くない。だから凌が警告しても砂漠を突き進むことを止めなかったんだろう。それにしても、何故彼はあんな力を」


「――ドレグ・ルゴラだ」


 俺が言うと、一瞬で場が凍りついた。


「干渉者に化けたかの竜が、芝山……おさをたぶらかした。帆船を与えたのも、変化へんげの方法を教えたのもそいつらしい。けどおさから、かの竜の気配は感じられなかった。となると、例えば俺がディアナにされたように、おさは能力の限界値まで引き出して貰ったのかもしれない。だから、他の二次干渉者とは違う力を発揮できていると考えたら辻褄が合わなくもない。元々勉強家なのもあって、更に独学でいろんな知識を手に入れてるんだ、とても敵わないよ」


「しかも、彼はご友人なのでしょう」


 とモニカ。


「ただ単に止めると言っても、力尽くでやれば良いというわけではないようですし。救世主様は、一体どうなさるおつもりですか」


 言われて一瞬、言葉が詰まった。

 確かに方法など思いつかない。けれど、芝山を止められるのは俺しかいないわけで。


「考えるよりもまず、砂漠へ向かおう。現状を把握しないと何も始まらない」


 俺は自分に言い聞かせるように、少しだけ声を大きくした。





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