終わりの始まり3

「しかし、砂漠へ向かうのは危険を伴う」


 とテラ。


「時空の歪みも重なって、まともに帆船までたどり着けるかどうか。たどり着いたところで、無事に帰ってこれるかどうか」


 テラの言う通りだ。

 森と砂漠の周辺に渦巻く時空嵐に、俺たちは巻き込まれた。幸運にも戻ってこられたが、あのときはうっかりミスでタイムスリップしてしまった。

 それだけじゃない。砂漠は時間の流れは都市部とは全く違う。望遠レンズ越しに見えた帆船が、果たしてリアルタイムのものなのかさえ怪しいのだ。帆船の上ならば――魔法で守られているからか、多少タイムラインが修正されているようだったが、それでも、時空嵐に巻き込まれた男たちがそれぞれ自分の居た時間軸に戻れないのだから、万全ではない。

 砂漠で唯一、一続きの時間の流れに生きているのはおさのシバだけ。独学で得た魔法の力を持って帆船と“表”を自在に行き来しているヤツの元へ直接飛べば、或いは。


「準備でき次第、砂漠へ飛びます」


 意を決して言うと、ノエルが間髪入れず声を上げた。


「ちょ……、オイ! 何考えてんだ凌! ついさっき洞穴から出たばっかりだってのに」


 重労働が続き、身体が限界を訴えているのはよくわかる。しかもノエルは身体が未熟で、俺たちよりずっと体力を消耗しているはずだ。

 だけど。ここで立ち止まるわけにはいかない。

 俺の前に出て全力で拒否しようとするノエルの肩をそっと叩く。


「準備でき次第って言った。機械じゃないんだから、休まないと続かない。帆船がかの竜のところに着くまでまだ時間はあるんだろう。だったら、一旦館に戻ってしっかり体勢を整えよう」


 ノエルは納得できかねると言わんばかりに舌を鳴らした。


「仕方ないですね」


 とモニカは長く息を吐き、


「事情が事情ですし、本来ならば休む間もなく向かいたいところですが、疲れ切った状態で行っても意味がないでしょう。第一、この装備では砂漠へ行ったところでまともに動けません」


 寒い洞穴のための冬装備。これから向かうのは灼熱の砂漠だ。モニカは自分たちの装備を順番に見ながら、ローブを摘まんで納得の顔を見せた。

 俺たちが互いに目で了承の合図を送っているのに反し、ノエルはツンとそっぽを向いた。


「ディアナ様に話をいただいたときは、こんなに滅茶苦茶なヤツだなんて聞いてなかった。最悪だ。ただ単に、救世主のお守りだけしてれば良いって話だと思ってたのに」


「まぁ、そう言うでない、ノエル。お前の力が必要だったからこそ、声をかけたのだ。凌は年の頃も近い。兄が欲しいと言っていたではないか。それともアレか。歳が何十も離れた能力者たちの中にまた戻りたいと思っているのか? 窮屈で困る、あんな爺臭いところに居たくないと直談判してきたのはお前ではないか」


 幼子を諭すようなディアナ。恥ずかしそうに顔を赤らめるノエル。

 なかなか自分のことを話そうとしないノエルだったが、やはり彼には彼なりの事情があるらしい。

 それにしても、“兄”な。初めて聞いた。もう少し、優しくしてやった方が良いのだろうか。


「すまないね。私がおさを止められれば良かったのだが」


「いや。ディアナのせいじゃ。あいつがやたら頑固なだけで」


 ディアナの呼びかけを突っぱねたシバの顔が目に浮かぶ。

 あいつが素直に話を聞いてくれたら、面倒なことにはならなかっただろうに。美桜が言っていた『人が変わったみたいに戦いにのめり込んでしまった』というのも気に掛かる。やはり、一度芝山とは接触しなければならないようだ。


「街はどうにかして市民部隊と塔で守る。砂漠の件が片付くまで、救世主の召喚は行わないよう周知する。ところで……、洞穴の竜から話は聞いたか」


 ディアナに言われ、俺はふと、さっきのキスを思い出した。絡む舌、勢いで掴んでしまった胸の感触、そして金色の瞳のことを。

 途端に耳まで赤くなり、テラとモニカ、ノエルは白い目で俺を見た。アレは本当に不可抗力で俺に汚点はなかったはずなのに、なんで俺が後ろめたい気持ちに。


「あ……、ああ。聞いた」


 何故かしら口が引きつった。


「グロリアはなんて?」


 何も知らないディアナは、周囲の反応をいぶかしく思ったか、眉をひそめた。


「救世主にはならないだろうと思って卵を預けたと言われた。グロリア・グレイはテラが人間と同化して戦うのを良くは思っていないようだった。けど……、言うほど人間のことが嫌いというわけではなさそうだった。本当に嫌いだったら、半竜の姿になんかならないんだろうし」


「そうか……。ならば、安心した」


 ディアナは力が抜けたように小さく笑う。


「彼女が全てを知っていて、私に嘘を吐いているのかと思って冷や冷やしていた。私と彼女は同じなのだと思っていたが、もし違っていたらどうなのかと」


 塔の魔女になるために全てを失ったとディアナは言った。誰にも言えない秘密を抱えたまま生きる彼女は、洞穴の竜とまるで同じ。


「偶に、会いに行ってあげたらどうかな」


 俺は何の気なしにそう言った。

 ディアナはハッとしたように顔を上げ、俺の目を見た。


「会いに行ったらいいと思う。遠慮なんかせず自分をさらけ出して話したら、案外もっと深い仲になれるかもしれないよ」


 それ以上の意味は含んではいなかった。けど、ディアナは俺の言葉に何か感じたらしく、目に涙を浮かべていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る