108.想定外
想定外1
振動は船全体を包み込む。ぐらんぐらんと、まるで嵐の大波に突入してしまったかのような揺れ。ここは砂漠で波一つ立たないというのに、踏ん張らなければ立っているのも危ういほどに激しく揺れる。
ガタガタガタンッと船長室の扉が音を立てて震えると、モニカはサッと身を引いた。
扉と壁の間から僅かに瘴気が漏れてくる。どす黒くねっとりとしたその気配に覚えのあった俺は、背中を駆け上がる悪寒を感じていた。
美桜の部屋と一緒だ。
咄嗟に思った。
あのときは確か、ゲートが広がりすぎて美桜の部屋を侵食したのだと。繋がっているのはレグルノーラに違いない、だから魔物が這い出すのだと、そう思っていた。
じゃ、今は?
船長室は何と繋がっている?
――バンと扉が開いた。
突風と共に、黒くねっとりとした
シールド魔法!
魔法陣など錬成している暇はない。イメージ先行で魔法を発動させる。見えない傘があちこちに広がり、黒い何かをはじき返す。
ねちょ、ねちょっと、耳障りな音があちこちで聞こえて、更に背筋が凍った。
視線を下に落とすと、タールのような黒い塊が甲板を埋め尽くさんばかりに広がっている。しかも、うねうねと動いている。
気持ち悪い。
けど、そんな感情を口に出す余裕はない。
正面を向く。
船長室から何かが出ようとしている。
身体が大きすぎるのか入り口に引っかかって全身が出ず、プルプルと震えているように見える。ぶよぶよとしたテカリのある身体。無数の目がギラギラとこちらを覗く。狭さに苦しみすぼめた口からは、ギッシリと牙が並んでいるのが見えた。
何だ、何の化け物だ。
「ダ、ダメだ」
後方でテラの声。
「すまないが凌、身体を貸してくれ」
「ハァ?」
「こういう、ねちゃねちゃしているモノはちょっと……」
顔が青い。そういえば竜は不定形生物が苦手だった。強面のクセに何を怖がってんだか。
「わかったよ。けど、ちゃんと働いて貰うぜ」
こんな化け物、どのみち同化しなければ勝てそうにない。
テラの気配がフッと消え、身体の中にストンと何かが入り込んでくるのがわかった。そうだ、この感覚。最初は気持ち悪くて仕方なかったけど、同化していた時間が長かったせいか、妙にしっくりくる。まるで自分の中の足りないパーツがキッチリ揃ったような変な感覚だ。全身に力が湧く。毛細血管の隅々まで竜の力が広がっていく。
竜石のお陰なのか、全然身体には変化がない。人間のまんま。今まで同化する度に竜化していたのは、やはり俺の中にテラの力が収まりきれていなかったからってことらしい。
ベリベリベリッと、ドアの付近が急に軋み始めた。黒い化け物の身体に押されて、壁全体に亀裂が入る。
「出るぞ」
「わかってるって」
ノエルをチラ見。既に召喚の魔法陣を途中まで描き終えている。
俺も手の中に両手剣を出現させ、炎を纏わせ構えて待つ。
「来ます!」
モニカの甲高い声。
船長室を破壊し、解放された魔物が全身を現す――。
ギシャァと魔物は激しく鳴いた。
デカい。
それこそ大型トラック並みのドデカい怪物。ぬめっとした巨体には何対もの足。眼ン玉が前方に幾つもくっつき、ぱっくりと開けた口は全てを呑み込まんばかりの大きさで。尾も長い。足の付いたナマズのような、サンショウウオのような、だけどこんな気持ち悪い生き物、見たことも聞いたことも。
ドスンと甲板の上に乗っかったその化け物は、広い甲板をあっという間に狭くした。メリメリッと床板の折れる音。
あちこちに隠れて様子を見ていた乗組員の男たちは、それぞれに悲鳴を上げて逃げ惑う。船内への階段へ向かい、バタバタと走っていく男たちを見ながら、俺は逃げてくれと素直に思った。頼む。お願いだから逃げてくれ。その方がいい。その方が戦う方にとっても都合良い。
意を決して駆け出す。走る度にねちゃねちゃと足に粘着質が絡み、上手くスピードが出ない。
「畜生ッ!」
足に力を集中させ飛び上がり、次は剣を振るう上半身に力を――込める!
炎を絡めた剣が勢いよく魔物に当たった。が、手応えがないどころか、弾かれた俺の身体は甲板のヘドロの中へ叩き付けられる。身体中に纏わり付くヘドロ、魚の腐ったような生臭さ。
「リョウ!」
「救世主様!」
ノエルとモニカの声が響く。
「直接攻撃はダメ、作戦変更!」
発動途中の魔法陣をかき消して、通常の攻撃魔法へと切り替えようと別の魔法陣を描き始めるノエル。
起き上がり、体勢を戻して剣をぶん投げ、俺も魔法陣。何が効く? ノエルは炎。じゃ、俺は
――“
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