限界突破の勢いで4

 もし、俺が俺のままだったら助からなかったかもしれない。

 グロリア・グレイが放った爆撃魔法は、洞穴の天井をいとも簡単に破壊した。地面は激しく揺れ、洞穴を覆っていた竜石の欠片が砕けて地面にどんどん落ちた。細かい破片から、中にはエアバイクほどの大きさのものまで、様々な色に光る竜石の欠片がどんどん地面に落ちては散らばっていった。

 天井から落ちた竜石に当たると、ノエルの出したキマイラたちは次々に姿を消した。

 モニカもノエルも、巻き込まれまいと道を戻っていく。

 宮殿の柱が何本も倒れた。美しかった石畳も、瓦礫で埋め尽くされてしまった。

 俺は地面に転がりながら、その様を見ていた。

 立ち上がろうとしても、全然身体が動かない。息が苦しく、身体が軋む。

 なんて魔法だ。あんなの、食らったことがない。


「人間」


 グロリア・グレイはそう言って、俺の背中を蹴飛ばした。

 身体をゆっくりと傾けて彼女を見上げるまでの間に、俺は自分がテラと分離して、いつもの自分に戻っているのに気が付いた。視界の隅に、やはり地面に伏している金色竜のシルエットが映り込んだ。


「好きなだけ竜石を持っていくが良い」


 グロリア・グレイの口から思いも寄らぬ言葉が出て、俺は思わず目を見開いた。


「え? 今なんて」


「竜石は宮殿を潜った先、左側の通路の奥から採掘できる。もしドレグ・ルゴラの力を封じるのだとしたら、あの愚かな金色竜と同じくらいの大きさの塊が必要だろう」


 彼女の表情は穏やかだった。

 魔法の炎に照らされ、オレンジがかったシルエットがそう思わせるのか、虹色に光る竜石の壁や天井が、彼女を幻想的に浮かび上がらせているからそう思ってしまうのか。

 彼女は直ぐ側に屈み込んで、俺の顔をまじまじと見ていた。


「我に傷を付けたのはうぬらが初めて。滅茶苦茶な戦い方だが、認めざるを得まい」


 傷?

 彼女は垂れた髪の毛を払い、左肩を露出させた。左肩から胸にかけ、30センチほどの長い傷がある。傷口が真新しく焼け焦げ黒ずんでいるところを見ると、確かにあの魔法剣が傷つけたに違いなかった。


「この傷は記念に残しておこう」


 グロリア・グレイはどこか嬉しそうだ。



「あの愚かな金色竜を認めたわけではない。うぬを認めたのだぞ。うぬら人間を」


 フフフと声を漏らし、グロリア・グレイは目を細くして肩を震わせた。

 俺は呆然と、彼女を見上げるばかり。

 要するに、勝った。そういうこと?

 全然勝った気はしないけど。


「テラは」


「ゴルドンのことか? 貴奴きやつは気を失っておる。さて」


 ペロンと、何故かグロリア・グレイは舌なめずりした。

 膝を付き、俺の首の下に手を潜らせて、上体を持ち上げる。目をしばたたかせている間に――、唇が重なった。唇の中に舌が潜り込んでくる。細くて長い舌。歯に彼女の牙が当たる。熱い息と共に、何かを俺の中に注ぎ込んでくる。

 抵抗なんか全然できない。身体を引き剥がそうとしても、彼女は凄まじい力で俺を押さえ込み、無理やり……キスを。

 彼女はうっとりと目をつむり、懸命に舌を這わせた。

 身体が火照った。意味が、わからない。

 なんで俺、殺されかけた相手にキスなんかされてんの。

 グロリア・グレイは竜じゃないのか。どうして人間の俺に。

 異様に長いキスだ。ヤバい。下半身が反応してしまう。決してそういうのじゃないのに。こんなの、誰かに見られたら。

 半竜女の激しい吐息と心音だけが耳に響く。

 薄い布を纏っただけの柔らかな肢体。胸や二の腕が身体に当たる度に、俺は自分の理性と戦い続けた。

 生殺しだ。最悪すぎる。こんな、こんなの。我慢できるわけ。

 気が付くと、胸を鷲掴みにしていた。柔……らかい。そして、あったか……。


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