限界突破の勢いで3

 言いながら彼女は、既に新しい魔法の準備を始めている。とんでもないタフさだ。

 俺も、ぐずぐずしては居られない。

 体勢を整え、一気に斬りかかる――グロリア・グレイが咄嗟に避ける。杖を細身の剣に変え、グロリア・グレイが斬りかかってくる。盾で弾き、向こうの攻撃の隙を突いて反撃。彼女の一撃一撃が重い。人間の姿をしていても力が人間程度とは限らないらしい。さっきの巨体では不可能だったスピードで、次から次へと斬り込んでくる。

 剣が弾かれ、盾を支える左腕が痺れてきた。

 なのにまだ、肝心の一撃すらグロリア・グレイには届いていない。

 とにかくシールドが硬い。

 一般的に魔法でシールドを張る場合、俺に限らず一枚の板をイメージすることが多いようなのだが、彼女のそれは板ではなく、岩。自分自身を包み込む巨大な岩なのだ。魔法剣で斬りかかっても、岩の一部が削り取られるだけで全く本体に達しない。それほど凄まじい魔力。


『物理攻撃はほぼ効いていない。別の方法を』


 言われなくても。

 最後に一撃、思いっきり食らわして――、思いっきり弾かれる。

 後ろの飛び退き着地、剣を杖代わりにして虚空に二重円を描く。

 俺が文字を刻み始めるより少し先に、突如として深緑色の光が複数視界に映り込む。光は徐々に四つ足の獣の姿に変化し、現れたのはキマイラ。ライオンの頭に山羊の身体、蛇の尾を持つ怪物だ。五体のキマイラたちは、息も吐かぬうちに一斉にグロリア・グレイへと向かっていく。

 こんなことをするのはノエルに違いない。モニカの奥、彼の表情を見ると、腫れた目をしたまま歯を食いしばっていた。さっきまで泣きじゃくっていた割に、しっかりとした顔だった。

 ノエルは俺の魔法陣が中途半端なのに気付き、相変わらずの生意気さを残したまま大声で叫んだ。


「何ためらってんだ! 早くしろ!」


「わかってるって」


 何の魔法なら効く? 向こうが火ならその逆か。


――“凍てつく刃よ、敵を貫け”


 魔法陣が青く光り、尖った刃状の氷が次々にグロリア・グレイに向かってゆく。が、弱い。彼女のシールドは氷を弾き、砕けさせてしまった。


「じゃぁ、これはどうだ」


――“静謐な氷の精よ、グロリア・グレイの身体を全て凍結させよ”


 熱を奪えば。咄嗟に思った。

 魔法陣が光ったのと同時に、手のひらほどの小さな精霊たちがグロリア・グレイの周囲を舞い始める。実際精霊なんてこの世界に存在するかどうかもわからなかったが、頭の中に思い描いた図通りに、精霊たちはグロリア・グレイに冷たい息を吹きかけ始めた。

 次々に襲い来るキマイラを剣や魔法で弾き、俺の魔法に対処する余裕がなかったのか、徐々にグロリア・グレイの身体は凍っていった。腕、足、身体。纏わり付いた氷を何度も払うが、氷の精たちは次から次へと息を吹きかけ、少しずつ少しずつグロリア・グレイから体温を奪っていく。彼女の表情が次第に歪んでいくのを、俺たちが見過ごすわけはなかった。


『凌、今だ』


 再び剣を構える。そして魔法。炎を纏わせていく。

 ダークアイと戦ったときにもやった、温度差攻撃ってヤツだ。

 力強く地面を蹴り、思いっきり飛び上がった。目指すはグロリア・グレイ。キマイラたちを飛び越え、全ての力を込めて剣を振り……下ろす。


「はぁぁあぁぁぁぁあぁああっ!!」


 グロリア・グレイがふいに顔を上げた。金色の目がギラリと俺を睨み付けている。


「食らうか!」


 その両手を俺に向け――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る