限界突破の勢いで2

 宮殿の燭台から飛び散った魔法の炎がチラチラと揺れ、虹色の岩壁を照らす中、グロリア・グレイは不敵に笑って杖を掲げた。

 斬りかかるのと同時に相手の杖先から魔法がほとばしり、俺は硬い何かに弾かれて大きくよろめいた。シールドか。しかも、かなり硬い。


『魔法を』


 言われなくても。

 いかずちを剣に纏わせ、再度斬りかかる。しかし、強固なシールドはなかなか破壊できそうにない。何度斬りかかろうが、思うように剣先が届かない。


「チッ……!」


 一旦退き、グロリア・グレイを睨み付ける。

 人型になったからって相手は弱くなったわけじゃない。竜の姿ではパワー、人型では魔力が増すタイプか。

 ふいに、薄紫色の光がグロリア・グレイの上から降ってきた。その真上に魔法陣、防御力を減らす記述。――モニカだ。

 離れたところにはいるが、しっかりサポートしてくれる。こんな不毛な戦いに巻き込まれ迷惑してるだろうに、彼女は相変わらずのクールさで全体を見渡してくれる。


「救世主様! 続けてください!」


 重ねがけをするつもりか、モニカは更にもう一つ同じ魔法陣をグロリア・グレイの真上に描いた。


「小癪な」


 グロリア・グレイは杖をグンと動かしてモニカに向けた。

 呪文の詠唱も魔法陣もなく、一抱えもある炎の塊が突然宙に現れる。グロリア・グレイがツンと杖先を動かすと、赤々とした炎の塊は空中を滑るようにして転がり、洞穴の隅に逃れたモニカの元へ真っ直ぐに進んでいった。


「モニカ! 避けろ!」


 が、俺の身体が反応するよりも声が洞穴の隅々まで届くよりも早く、炎はモニカへと到達する。

 ゴゥと燃えさかる音がして、炎の塊がモニカを呑み込んだ。


「モニカ――ッ!!」


 テラの声と被さって、ノエルの声も耳に入った。

 まだモニカの魔法が効いているらしく、ノエルはぼんやりと銀色に光ったシルエットのまま。炎に包まれたモニカの直ぐ後ろで両手で頭を抱え、よろめき、地面にへたり込んでいる。


「嘘だ……、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……」


 呪文のように繰り返すノエル。

 手を出そうとして熱さに怯み、助けることもできずにいる。真っ赤な炎に照らされた顔は、絶望の涙でぐしょぐしょだった。

 ダメだ、見ていられない。


「グレイ! 標的は私のはずだ!」


 我慢ならず、俺の意識を押しのけてテラが叫ぶ。


「我にあらがう者、全てが敵ぞ」


 グロリア・グレイは淡々と言った。


あらがえば死と知っていながらも我に立ち向かう、なんと愚かしいことか。ゴルドン、うぬも我の前であの人間の女と同じように屍と化すか」


 生気を感じぬ金色の目が俺を睨む。

 コイツ、本当に血も涙も。


「屍ではありませんよ」


 洞穴に声が響いた。

 まさか。


「これしきの炎で私は屍にはなりません」


 モニカの身体を包み込み焼き殺したと思われていた炎が、グラリと動いた。

 黒焦げのシルエットがすっくと立ち、高く右手を掲げている。


「炎を止めるのに時間がかかっていたのです。あまりにも大きな炎でしたから、一度には処理しきれなくて」


 黒いローブから徐々に炎が消えていく。炎は徐々に左手に集まり、その手の中にマグマ玉のように毒々しく光る赤いものが握られているのが見える。

 炎を、吸い取っている。


「吸収魔法というものがあります。魔力を放たれたのであれば、吸い取ってしまえば良い。敵から放たれた力を自分の魔力として吸収し、糧にするのです。あなたの放った魔法は私が全部吸い取って、あなたへの弱体化魔法へと変化させる。攻撃魔法も大事ですが、私はこういう地味な魔法が大得意なのですよ」


 モニカを包んでいた炎が完全に消え去った。彼女は集めた魔法の力を手のひらに乗せて更に圧縮させると、あめ玉でも舐めるかのようにヒョイと口の中に放り込んでしまった。

 そのあっけなさと彼女の成したこととの隔たりに、俺も、ノエルも、グロリア・グレイも驚きを隠せなかった。ノエルは涙で濡らした顔できょとんとしているし、グロリア・グレイも突然の妙な出来事に心奪われ、すっかり固まってしまっていた。


「人間の女、只者ではないな」


 グロリア・グレイは歯を軋ませた。


「どうでしょう。私自身、自覚はありませんが」


 モニカは不敵な笑みを浮かべる。

 ただ強いだけじゃない、彼女が塔の魔女の候補生となったのにはきちんと理由があったってわけだ。こんな特殊能力、見たことも聞いたこともない。もし彼女が干渉能力を失わずにいたら、確実に次の塔の魔女に選ばれていたに違いない。


「救世主様、それにノエル。驚かせてごめんなさい。もう大丈夫です。彼女の放った魔法は私が全部吸い取ります。二人とも、遠慮せずに戦ってください」


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