限界突破の勢いで5

「何をしておる」


 唇が急に寂しくなって、ハッと我に返った。

 グロリア・グレイの美しい顔が目の前に。胸を掴む俺の手を、機嫌悪そうに見ていた。


「何をするつもりだったのだと聞いている」


「え……、えっと……。おっぱ」


「生殖行動など必要とはしておらん。我は瀕死のうぬに力を分けてやっていたのだ。あのままでは歩くことさえままならなかったのだろう」


 あ――……。

 そういうこと。

 何か前にも似たようなことがあった。

 あのときは確か、吸い取られる方だったような。


「手を離さんか。愚か者めが」


 ああ、せっかくの感触が。

 グロリア・グレイは立ち上がり、黒いドレスの裾を直した。

 俺も腕で口を拭って、仕方なく立ち上がる。確かに、身体が軽い。体力が戻っているような気がする。


「きゅ……、救世主、様……?」


 出口の方から声がして振り向くと、モニカとノエルが恐る恐るこちらを覗き込んでいた。

 瓦礫をかき分けかき分け、慎重に進んできて、


「大丈夫ですか? お怪我は……」


 と言ったところで、モニカはキャッと声を上げ、両手で顔を覆ってしまった。

 どうしたんだと疑問符だらけの俺に、ノエルがひと言。


「うわぁ……。最低だな、下半身膨らませて」


「ええっ?」


 慌てて確認。ヤバっ。隠したところでもう遅い。


「『何か、抱き合ってキスしてるように見えるんだけど』ってモニカに言われて、んなわけねぇだろと思ったんだけど。最低だな。さっきまで戦ってたとか竜とか関係なく欲情しちゃうわけな」


「違……っ! そういうのじゃなくて」


「“悪人面”じゃなくて、“変態”って呼ぼうかな」


「えええ……。せっかく竜石採掘の許可取れたのにそりゃないよ」


「許可?! 嘘だろ?」


 口をあんぐりさせて、ノエルがよろめいた。

 いつもキッチリ立てている髪はすっかりグチャグチャになってしまっていた。


「嘘ではない。我が許した。人間の小僧、なかなか愉しませてくれたな」


 グロリア・グレイは腰に手を当て、上から目線でノエルに答えた。

 さっきまでとは打って変わった態度に、ノエルはしどろもどろでサッとモニカの陰に隠れてしまう。


「魔物を具現化させ五体同時に操るのは至難の業ではない。魔法を吸い取るそこの女にしてもそうだ。塔の魔女め、なかなか面白いことをしてくれる。久々に良い運動になった。うぬもだいぶ力を失っているようだが、我が分けて進ぜようか」


 またグロリア・グレイはペロリと舌なめずりをする。

 アレはダメだ。いろんな意味で!

 手をクロスさせて必死に止めろとアピールするが、彼女は全く見てくれない。


「ハァ? そんなの要らないし。それより、本当にいいのかよ。かなり大事な石なんだろ」


 怪訝そうにノエルがグロリア・グレイを覗き込む。


むしろ、待っていたのだ。我は、待っていた。いずれこの世界にかけられた呪いを解く者が現れると信じ、待ち続けた。人間どもが騒ぎ立てる救世主などといういかがわしい者ではなく、真にこの世界から我らを解放してくれる存在となり得る者を。丁度いい、採掘場までの間少し、話をしようではないか」


 そう言って、彼女は少し口角を上げた。

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