次へ進むために3

 ……ん?

 何か引っかかるぞ。つまり?


「もしかしてあのとき、ジークはもう俺のことを知って……?」


「そう。美桜がまだ半信半疑だったとき、僕はもう君に目を付けていた。彼女はアレでいて、本当に内気で臆病なんだ。君に声をかけるのに、どれだけの勇気が必要だったか」


「え……ええぇ……?」


 勇気を振り絞ってアレだったのか。どういうことだよ。


「勘違いしてると思うけど、美桜はホントは弱い子なんだよ。彼女の生い立ちを知った君なら理解できるだろ? ああやって虚勢を張らないと生きていけないんだよ」


 虚勢、ねぇ……。

 そう聞くと、何だか合点がいった。

 彼女はいつも上から目線で、俺のことを軽くあしらって、なのにやたらと求めてくる。

 甘え方を知らない彼女は、どうすれば自分のことを理解してもらえるか必死だったに違いない。初めて出会った同じ能力を持つ“表”の人間。唯一喋れるクラスメイト。急に『男女の仲』と言ったのも、そうでもしないと俺が離れて行ってしまうとでも思ったのかもしれない。人との距離が測れなくて、近づきたい相手にどう接すれば良いかわからなくて、困った挙げ句の果ての行動だったのかも。

 美桜が愛しい。

 やっと心を砕いて話してくれるようになったのに、俺は彼女の側には戻れない。

 全部終わったら?

 終わったら待っているのは死だ。

 竜石と共にかの竜を封じる。命を捧げる。俺はそういう運命らしい。


「美桜に伝えてよ。俺も頑張るから、待っててくれって」


 思いもしない言葉が口から出た。

 待っていたところで行けるかわからない。そんな不確定なことは言うべきでないのに。


「さっき言えばよかったじゃないか」


 ジークは呆れたように肩を落とした。


「ごめん。俺も、相当なコミュ障なんで」


 申し訳ないと頭を下げると、ジークはまた乾いた笑いをしてゆっくりと立ち上がり、スッと手を差し出してきた。


「面倒くさい同士、惹かれあってしまったんだな。了解了解。じゃ、またな。無事に竜石が手に入ることを祈ってるよ」


「ありがとう。そっちも、無理しすぎて倒れないように」


 俺も立ち上がって手を差し出した。がっしりと握られる手と手。ジークの手は相変わらずデカい。

 握りしめた手を数回上下に振って、それから手を離した。

 それぞれの世界で、それぞれに戦おうという誓いの握手。

 応接間を後にするジークの背中を、俺はじっと見つめていた。

 ジークの気配が遠ざかっていく。そして消える。“表”へと戻っていく。

 俺もできるならば。――いや、戻れない。ゆっくり息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。

 そうこうしているうちに、応接間の扉が開き、ディアナが戻って来た。一人残った俺を見て、


「ジークは戻ったようだね」


 と軽く微笑みかけてくる。


「今、干渉者協会の方に連絡を取って、“表”に何人か派遣できないか掛け合ってきたところだ。お前が入り浸っていることもあって、悪い返事は寄越さなかったよ。善処すると。とりあえず、何人か選定して声をかけてみるそうだ」


 言いながらディアナは向かいのソファにもどり、ドカッと腰を下ろした。

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