次へ進むために2

 俺たちの話が終わると直ぐに、美桜は“向こう”へと戻っていった。本当はもっと話したいことが沢山あっただろうに、彼女はとても苦しそうな顔をしていた。

 ディアナが事務方と少し話をしてくると席を立つと、俺たちは緊張から少しだけ解放された。モニカとノエルも用事があると部屋を出て、応接間には俺とジークだけが残された。


「完全に“救世主”の顔だな」


 ジークがソファの隣から無理やり顔を覗き込んできた。いたずらっぽく笑ってはいるが、目の下にはすっかりクマができていた。


「まぁね。こんな状態だから、ならざるを得ない。それより、“あっち”は大丈夫なのか。俺が古賀を逃したばっかりに……。寝てないんだろ?」


「ハハハ。寝てるよ。僕の場合は、“向こう”に行ってる間“こっち”では寝てるわけだから」


「ジークじゃなくて、他のみんなの話。美桜もぐったりしてたし、芝山も戦い通しだと言うし、須川だって慣れてないのに必死に頑張ってるんだろ。本当は戻って少しでも力になれれば良いんだけど」


 そう言うと、ジークはまた乾いた声で笑った。


「君は自分の使命を果たすべきだ。“表”のことはなんとかする。協会からの応援が来れば今よりずっとマシになるだろうし、僕らの体力もまだまだどうにかなるレベルだ。いよいよ限界になってきたら――、“異界からの救世主”としてご登場願いたいね。そういう事態にならないよう、全力を尽くすつもりだけど」


 そうか。“異界からの救世主”か。

 “表”から完全に存在を消されてしまった俺は、“向こう”に行けば自ずとそういう位置づけになると。額には変な石もくっついてるし、こんな格好だ。仕方ないっちゃ仕方ないが、何という皮肉だろうか。


「それに、古賀先生を逃そうが逃すまいが、結果は同じだったんじゃないかと僕は思っている」


「というと?」


「徐々に“表”でもおかしなことが起こってきていた。怜依奈のこともそうだけど、君が言うところの“黒いもや”美桜の言うところの“変な臭い”、つまりは“悪魔”の気配が一層強くなってきていた。君が竜と同化して戻れなくなったのは一つのアクシデントであって、僕たちにとってはかなりの痛手だった。けど、それがあってもなくても、かの竜の力は徐々に強まっていて、“表”に侵食しつつあったんじゃないかと。古賀先生のことはその中でも顕著な例で、もしかしたら僕らの知らないところでもっと以前からかの竜は“表”に何かしらの罠を張っていたのかもしれない。僕らはそれに気付かなかった。だからどんどんあちこちで歪みが現れてきているのに対処できていない。君は何も気に病むことはない」


「けど、俺がこんなことにならなかったら“表”で戦えた」


「――いいかい、凌」


 ジークは指を一本立て、そっと俺の口に添えて言葉を遮った。


「君は僕の思惑通り、間違いなく“救世主”たるうつわだった。自分に自信が持てなかった過去の君とは違う。前を向け。自分が今やるべきことだけを考えるんだ。これは僕だけじゃない、みんなが思っていることだ」


 透き通るような青い瞳は、力強く俺を諭した。


「消えたと思っていた君が“こっち”で本物の“救世主”として戦っている。その事実がどれだけ僕たちを勇気づけたか。美桜が必死に魔物を倒しているのも、シバがその手助けをしながらも帆船で砂漠の果てを目指しているのも、怜依奈が懸命に穴を塞いでいるのも、全部全部君という存在があってこそ。勿論、戻ってこれるなら戻って来て欲しい気持ちもある。けど、やるべきことをぶん投げてまで来て欲しいだなんて、そんなこと誰も望んでいない」


 向けられた人差し指が、僅かに震えていた。

 俺はそっと手をやって、彼の腕をゆっくり下ろした。


「わかった。けど、本気でヤバいと思ったら魔法陣で呼んでくれよ。地の果てからでも飛んでいく」


「馬鹿だな、絶対に呼ばないってわかっててそんなこと言うなんて。一つの保険として、頭の片隅に入れておくよ。――それにしてもさ。君は、変わったな」


「へ?」


「あの学校に潜入して、初めて君を見かけたとき、僕は君に運命的なものを感じていた。どこかで出会ったことがある様な気がしたし、微量ながら力も感じた。けど、どうにもスッキリしなかったのは、君が内向的で排他的だったからだ。美桜も君に目を付け、僕に君を紹介した。その時点で僕は、君のことを単なる“表の干渉者”程度にしか見ていなかったが、徐々に君は成長した。“表”で力を使い、先生の魔法で“力を解放”され、竜と契約し、様々な魔法を操れるようになっていった。武器の具現化も素早くなっていったし、どんなにやられても立ち向かえるほどのタフさも身につけていった。短期間でどんどん成長し、“救世主”に相応しい器となった君と巡り会えたことを誇りに思うよ」


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