すべてを失う2

「『今は竜石で力を抑えているから人間の姿でいられる』のだと、ディアナ様はおっしゃいました。『今の状態では“表”に帰ることも叶わない』のだとも」


 思い出したように声を上げたのは、シバの隣に座っていたモニカだった。

 美桜とシバ、ジークに目配せし、


「自己紹介が遅れていましたが」


 と前置きして立ち上がる。


「ディアナ様の命を受け、救世主様の援護を仰せつかっております。私はモニカ。そこの小さい彼がノエル。私たちは干渉者ではなく、能力者に過ぎないため、“表の世界”のことはよくわからないのですが、救世主様が大変なお立場なのは何となくわかります。私たちができることは限られているかもしれませんが、できることがあるならば、全力で当たらせていただきます」


 黒いフリルを揺らし、モニカは年下の干渉者たち相手に必死に訴えた。


「救世主様、ねぇ」


 と隣でシバは苦笑し、


「どう呼ぼうが勝手だが、来澄は全部背負えるほど大きい器じゃない」と言った。


「口だけならなんとでもなる。来澄が追い詰められている理由も何となくだが理解できた。けど、それで済まされる問題じゃない。人がひとり消えたんだ。“表”から。私たちの日常から。普通の男子高校生だった来澄に全部背負わせて、それで“裏”では何とかなるのかもしれないが、“表”ではどうだ。記憶を消してしまえば何とかなるのか。居なかったことにしてしまえば、それで全てが解決するのか。納得には程遠い」


 拳を強く握り奥歯を強く噛んで、シバは眉間にシワ寄せた。

 彼の気持ちが痛いほど胸に突き刺さる。なんだかんだ言って、シバが一番俺の気持ちをわかってくれているのだ。


「“表”で、一体何があった」


 そう聞くと、何故かシバは目を逸らした。

 簡単に言い表せない状態なのは何となく察している。美桜が『私たち以外の記憶から存在が消えてしまった』と言った、その意味を、彼らはなかなか教えようとしない。魔法で消されたというのはテラの話からも何となくわかったが、それだけじゃどうも実感が湧かないのだ。

 ジークの方も見たが、彼も俺の問いには答えたくないらしく、どこか遠いところを見ている。なるべく目を合わせたくないと言わんばかりに、表情は暗い。

 美桜は……と、隣に目をやると、彼女は青い顔をして肩を震わせていた。


「あの後、古賀先生だけが戻ってきて、私たちは絶望したの」


 振り絞るようにして美桜が言った。


「傷一つなく先生の姿で戻って来た彼は、壊れた公民館を魔法で元通りにした。公民館のおじいさんたちに何ごともなかったかのように頭を下げて、場所を借りたお礼を言って、帰り際に『キングパフェ奢るんだったよな』って先生は笑ったの。あまりにも自然で、私たちは怖くなった。凌が来ない、凌はどうなったのかって聞くと、先生は『あいつはもう戻れないだろう』って。何食わぬ顔で帰って行ったわ。私たちはレグルノーラに意識を飛ばして、必死に凌を探した。けど、見つからなかった。もしかしたら先に戻っているかもしれないなんて、淡い期待を抱きながら凌の家に向かったけれど、待っていたのは残酷な現実だった。『そんな子知らない』とあなたのお母さんに言われたとき、私たちはどれだけ泣き崩れたか。家を間違えたのかと思った。けど、“来澄”なんて珍しい苗字は滅多にないし、芝山君も何度も来てるけど間違いないって言うし、ジークもこの間来たけどここだったって言うし、私だって何度か行ったことがあるから絶対の自信があったのに。倒れた凌のことを心配していたお母さんの顔と、目の前に居る女性は間違いなく同じ人だった。なのに、どうして急に『知らない』だなんて。不信感を露わにするあなたのお母さんに、『凌君はあなたの息子さんですよね』と聞いたら、『確かに凌は私の息子だったけれど、小さいときに堰に落ちて死んだのよ』って言われて、私たちは初めてとんでもないことが起きていることに気が付いた。あなたの過ごした家にも学校にも、あなたという人間が居た形跡がなくなっていた。私たち以外の記憶からも、あなたの記憶はさっぱり消えて、最初から居ない人間になってしまっていた。……信じられなくて。何もかもが遅いなんて知らずに、私たちは何度もレグルノーラに飛んで、あなたのことを探し続けたのよ」


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